38(side T) ページ38
樹がいなくなったあと。
少し距離が近いまま残された俺たちは、それに気づくと互いに一歩ずつ離れて距離をとった。
「樹に口説かれた？」
「そういうわけじゃないけど…もしかして気になる？」
「別に」
「まぁたしかに大我くんには関係ないか。でも、大我くんが声掛けてくれて助かった。ありがとうね」
「ん。お礼は、ごはんでいいよ」
「何がいい？そんな高いのはご馳走出来ないけど」
「んー…悩む」
「薄給の会社員のお財布事情をちゃんと考えてね？」
「難しくない？それ」
そんな話をしながらさっきの妙なモヤモヤの正体を考えてはみるけど、結局わかんなくて。
だけど、そのモヤモヤは体いっぱい広がってどんどんと存在感を大きくしていく。
「鍋とか食べたくない？…って大我くん？」
「へ？」
どうかした？と不意に覗き込まれた顔。
思った以上に近距離にAの顔があるもんだから、思わず体を後ろに避けると、Aはまた不思議そうな顔をする。
「何かあった？」
「別に」
「なんか食べたいものとかないの、大我くん」
「…やっぱごはんいい」
「え？どうしたの急に」
「どうもしない。今日、家行くから」
「ちょっと、！」
後ろで何か言ってるAを残して俺はそのまま部屋へと戻る。
途中まで戻って、そういえばコンビニに行こうとしてたんだって思い出したけれど、今更またAのいる方に戻る気にもならなかった。
ずっと色濃く残るこのモヤモヤはどうしたら晴れるんだろう。
樹と近い距離で話してるのをみたときからだ。
なんか、Aを樹に取られちゃうんじゃないかって急に不安になって。
友達なんだから取るも取られるもないはずなのに。
変だ、絶対。
「あぁもうなんなんだよ、これ」
わかんねぇ、ほんと。
髪をぐしゃぐしゃと掻き乱しても結局なんも変わんないけど。
部屋に戻って、視界に樹の姿が入る。
その瞬間、またモヤモヤがその存在感を増して。
そのモヤモヤが気持ち悪くて仕方なくて、それを誤魔化すようにお気に入りのスマホのアプリを起動した。
いつもなら可愛く揺れるキャラクターに癒されるはずなのに今日はなぜだかそのキャラクターにさえ妙に苛立ちを覚えた。
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作者名：もえぎ | 作成日時：2021年12月26日 17時
