春鉛 #2 (ページ46)

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そこの角を曲がったらマンションが見える、というところ。少し先を歩いていたら京本が突然足を止めた。

「京本？」

「あれ、あいつじゃね？」

クイっと動かされた顔の先に視線を向けると、そこには松村さんの姿があった。
幸いまだ距離もあるから松村さんはこちらに気付いていないようだった。

「…ほんとだ、」

正直、今は顔を合わせたくないな。
どんな顔すればいいか分からないし、それにどす黒い感情が溢れ出してしまいそう。

「行かねぇの？」と顔を覗き込んできた京本に慌てて目を逸らす。

自然とカバンを持つ手に力がこもった。
このまま松村さんがこちらに気付かず立ち去ってくれたらいいのに、って心の中で必死に祈る。

「なぁ、」

「なに？」

「もしかして、さっき泣いてたのってあいつのせい？」

「…え、っと、…」

言葉に詰まる私を見て京本が険しい顔をする。
自分の髪をぐちゃぐちゃに掻き乱すと「なんだよ」なんて少しだけ苛立った声色。

「そうなら行かせたくねぇな。泣かすような奴なんかロクな奴じゃねぇ。例えお前が気になってる奴だとしても、さ」

違うんだよ、京本。
別に松村さんに泣かされたわけじゃないんだよ、私が勝手に泣いただけで。
そう言いたいのに言葉は出なくて。そのかわり、カバンを握る手の力がどんどんと強くなる。

「あいついなくなるまで、どっか行こうぜ」

そう言って京本が私の手を取った瞬間だった。

「Aさん、、っ！」

私の名前を呼ぶ松村さんの声が大きく背中にぶつかる。振り向けば、私たちに気付いた松村さんがこちらに近づいてきていた。

「Aさん、！」

「Aになんか用ですか？」

私と松村さんの間に京本が割って入る。

「京本さんにではなく、Aさんに用があるんですが」

「Aはあんたと話したくないみたいですけど？」

思い当たる節があるんじゃないですか？なんて聞く京本に松村さんの顔が一瞬曇る。

「そのことについて、自分の口からきちんと説明をさせていただきたくて」

「女を泣かせるようなことしといて、自己弁護でもするつもり？」

「ちが、俺はただ」

目の前で繰り広げられている京本と松村さんのやり取りをどうにかしなければいけないとわかっているのに、上手く言葉が出てこない。

「A行くぞ」

京本が私の手を掴み、松村さんの横を通り過ぎる。慌てて松村さんのほうへ視線を向けると、切なそうな表情を浮かべた松村さんと目が合った。