92:ブランコ ページ42
夜の住宅街を目的もなく歩く。
住宅街の真ん中、ぽっかり船のように浮かぶ公園が右手に見えた。
「ブランコでも乗る？」なんて言い出したのはどちらからだったか。
「久しぶりに乗ると小ちゃいなー」
「ブランコなんか何年ぶりだろ」
キィキィと揺れるブランコの音が夜の公園に響く。
「ねぇ、京本」
伸ばしたつま先をそっと眺める。
このままどこまでも行けそうな気がするくらい、真っ直ぐに夜の空を蹴り上げた。
「…気になる人に恋人がいたらさ。諦めたほうがいい、よね？やっぱり、」
松村さんとその腕に絡みつく沙希さんの姿が頭に浮かぶ。そこに私の入る隙なんかないように見えた。
『勘違いしちゃいますよ、男って案外単純だから』そう言って困ったように笑ったあと、キスをしたのも。
『もし、余裕が出来たなら、そこに俺のことをいれてくれませんか?』なんて言葉も。
『俺のことしか考えられなくなる呪い』って髪に触れて耳に落とした小さな熱も。
そんな松村さんの言動に揺れて、傾いた私の恋心。
それは、樹とのことで少なからず傷ついていた私の隙間を埋めるものだった。
でも。
きっと、松村さんにとってはなんでもない一言だったのかもしれない。
別にそんな大事な意味なんて持ち合わせていなかったのかもしれない。
でも私はその言葉で、その温もりで、いつの間にか松村さんのこと好きになってたんだ。
「それ俺に聞く？」
結構酷な質問すんなお前、なんてちょっとだけ困ったような悲しそうな声をして笑う京本の声に胸の奥が痛くなる。
「諦めるのも、そのまま好きでいるのもどっちも別に間違いじゃないだろ。好きだから身を引くっていうのもあるし、好きだからこそ思い続けるってこともあるし」
キィ、という音が止まって、京本が私の横に降り立つ。
ブランコを止め、見上げると京本は私を真っ直ぐに見据えた。
「俺は、諦められなかったけど。何回も諦めようとしてそれでもやっぱりお前のことが好きだったから。だからもう諦めることを諦めた」
「きょうも、と」
「万が一、お前が結婚とかってなったらさすがに諦めるけどさ。でも、今はまだ、Aに好きな奴がいたとしても諦められそうにないから…だから、まだお前のこと好きでいさせてよ、」
気付いたら、ふわり、と京本の匂いに包まれて。
伝わる体温と、京本の鼓動、そこに注ぎ込まれた私に向けられた感情が胸をギュッと締め付けた。
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作者名：もえぎ | 作成日時：2021年9月25日 13時
