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私がその絵の前から動けなくなったのは、それだけが異常なほどの迫力を持っていたからだ。見慣れた人物画でも、静物画でも風景画でもないそれは、抽象画というべきなのだろうか。
どす黒い沼が渦を巻き、周囲を舞う赤は花びらのようにも見えれば血のようにも見える。
言葉を失って見入っていると、友人が「それね」と声をかけてきた。
「同じ学年で、天才って言われてる子の絵だよ」
美術コースには珍しい男の子で、友人と同じく絵を描くのに時間をかけるのだという。
ああこれが、と思ったのは、美術コースに天才がいるという話を以前に聞いたことがあったからだ。
友人も、彼女にしては珍しくどこか皮肉ったような言い方で「まあ、スランプでずっとかけてなかったみたいだけど」と続ける。
「ほとんど喋んないんだよね。美術コースは女の子多いからか、よく別のクラスの男の子と一緒にいる」
「ふーん」
「絵は、すごいとおもうんだけど、何考えてるのか分からないんだよねえ」
もう一度彼の描いたという絵を見つめる。中央の渦をじっと見ていると、吸い込まれてそのまま呑み込まれてしまいそうな気配すら漂っていた。
迂闊に触れてはいけない。この絵は怖い。
私は彼女の描く優しい絵が好きだ。
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作者名:やなぎ | 作成日時:2024年1月18日 11時