【ﾜｰﾄﾘ】好きだ (ページ5)

今日:14 hit、昨日:17 hit、合計:5,504 hit

5話ページ5

交差し合った目線が動かされる様子はなく、Aはただ右手首の重みを感じていた。
どうして突然。どうしてこんな。右に流した黒髪も、こちらを見上げる端正な顔立ちも何度見たか分からない。

「あの」とひと言、やっとのことで声を絞り出すと、風間の手はパッと離された。
「すまん、咄嗟のことだ。気にするな」
作業が再開する。

言葉の意図は理解しかねるが、この場をもたせるためにも、良き後輩の面を被ることにした。

「お疲れですね。ちょっと待っててください」
Aが風間のそばから離れてしばらく、不規則な電子音と、何かが動き始める音が本部に響いた。

「どうぞ」

ストローの刺された紙コップをふたつ、手に持って風間に渡す。
「いいのか。ありがとう」
そう言うと風間はストローに口を運び、背もたれにもたれて遠くを見る仕草をした。

それからはぽつりぽつりと確認が続いて、「仮眠は取ったのか」「明日の講義は早いか」「いつ帰るんだ」など過保護とも思えるやりとりをした。

「お、Aちゃん発見」
「冬島さん」
「随分と遅えな、何してんだ」
現れたのはボーダーの特殊工作員、冬島慎次だ。冬島はいつも通りツナギを腰まで穿いたスタイルのまま、休憩のためにブースを訪れているらしかった。

「風間もいるのか」
「お疲れさまです」
風間はぺこりと会釈する。
「冬島さんこそ
こんな時間までどうしたんですか？」

「ん～」
自動販売機の受け取り口が開くと、珈琲の香りがAの鼻をかすめた。

「仕事ついでにトリガー遊ばせてたら時間が経っただけさ。今帰りか？」
「はい、さっきまで防衛任務で」
「うへ～～～やるねえ」
目の前の男は目をすがめる。

「2人とも早く帰んな。まだ学生だろ」
「はーい」
冬島が作業室へと帰り、風間の仕事も一段落ついたところで、Aはずずっと残りの液体を吸い込んで、机に置かれた空のコップと共にゴミ箱へ捨てた。

「それじゃ、風間さん、お疲れさまです」
「……A待て。送っていく」

えっ。
Aは耳を疑った。ここでようやく、何となく感じ取っていた違和感にはっきりと気付くことができた。

いつもの風間なら「気をつけて帰れよ」と言うはずなのに、今日の風間はパーカーを着てこちらの身支度を終えるのを待っている。

何かがおかしいのだ。こと今回の遠征に関しては。
だいいち、風間と自分に隊員として何年の付き合いがあると思っている。

「いや、いやいや、良いですよ！わ、私の家近いし」
焦って断るのは本心で、しかし──ああ今何回「嫌」と繰り返したのかと自分にうんざりもするのであった。