天満月-amamitsutsuki-《ars》 (ページ3)

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緑の夢ページ3

もう十数回目になる寝返りをうつ。
脳内で羊を数えてみたけれど、余計に目が冴えてきたからもう寝るのは諦めよう。
自分が経営しているカフェに降り、コーヒーを淹れる。
照明の落ちた室内は、昼間のそれとは全く違う、どこか密やかな雰囲気を醸し出している。
マグにコーヒーを注ぐと、窓辺の席に着いた。

この席は、親友の指定席だった。
否。今もそうだ。
彼はしばしば、一日中この席に座ってコーヒーを飲み、カタカタと作業をし、カフェを閉める時間になると2階の俺の自宅に上がりこむのだった。
俺はいつも、彼のマグを握る長い指を見つめていたものだ。
『ここなら相葉ちゃんがよく見えるでしょ？
それに日当たりも良いし』
にこにこにこ。
彼の笑顔が、薄明かりに浮かんでは消えた。

「一晩限り、貴方を何処でも好きな場所にお連れします」
突然窓から朝日のように差し込んだ光に目を瞬く。
「ぇ、」
いつのまにか開いた窓から、細くて綺麗な手が差し込まれ、黒い切符を渡された。
「…これで、何処へでも行けるの？」
「ええ。お乗りください」
促されるままに、窓から１両編成の小さな列車に乗る。

「星が、よく見える所にお願い出来ますか？」
大雑把過ぎるだろうか。
「了解致しました。上昇しますのでお気を付け下さい」
車掌の言葉通り、列車は軽く揺れると上昇に転じた。
あり得ないことが起きているはずなのに、不思議と恐怖は感じない。

ガラスのはまっていない窓からは、上空に行くにつれて涼しい風が吹き込んでくる。
もう一度軽く揺れると、列車は安定した。
「到着しました。屋根の上に上がれますが、ご案内しましょうか」
「…お願いします」

車掌さんの後ろについて階段を上がると、そこは柵の無いステージのような空間。
仰向けに寝そべれば、頭上にはいつか彼と本で眺めたような星空が広がっている。

列車の車内から漏れ出る光で、車掌さんが隣に座ったのが分かった。
「あれは…下弦の月？」
車掌さんの、薄い幕が掛かって表情の見えにくい顔を覗き込む。
なんだか懐かしいな、と考えてみればそういえばあの人がよくやっていたと思い当たる。
懐かしいと感じてしまう自分に、すっと背筋が冷たくなった。
触れてみようとした彼の手は、虚しくすり抜けた。
「上限の月、ですね」
ふんわりと車掌さんが微笑む。