・ ページ10
風刃が風間の胴体を横切った。
膝をついた彼の恨めしそうな視線を両目で受け止め、迅は先にある未来を感じて口を開いた。
「勝負あり、だな」
漏れ出たトリオンが夜の背景に溶けていく。
見ている間にもひび割れが長く伝う顔を歪めて、太刀川がこちらを見ていた。
「あと３週間、正式入隊日までの間に必ずおまえを倒して黒トリガーを回収する」
この未来がほぼ確定した以上、彼らが黒トリガーを自分から奪うのは不可能になった。
どう足掻いても変わらない。
それが未来視による理由づけと知られたくなくて、表情は勝手に高飛車な笑みを作っていたかもしれない。
「残念だけど、そりゃ無理だ」
ベイルアウト。
また一人残された街路を歩く。目的地は決まっている。
今頃鬼怒田室長が血圧を上昇させているであろう最上階。
外入口からボーダー本部に滑り込む。
こんな時間だ。人の気配はなく、青い非常灯と漂白されたような白色の常夜灯が冷涼でわびしげな色彩を作り出している。
エレベーターがドアを開けてこちらを待っていた。ここまでは「未来通り」だ。
会議室の前。やっぱり鬼怒田さんキレてるな。
黒トリガーは冷えて、先程まで猛威を奮っていたとは到底思えない。
その無機物に触れたとき、長らく前に折り合いをつけたはずの気持ちが喉元までせり上がってきたのを必死に押し留める。
次の瞬間、手は逃げるようにそれから離れ、代わりにドアノブを掴んでいた。
「失礼します」
会場の視線が集中する。城戸司令の恨めしそうな顔は、どの時点で見ても変わらない。
「何の要件だ。宣戦布告でもしにきたか」
その椅子にいる限り、その表情と台詞を吐くのだろう。
「違うよ。交渉しにきたんだ」
数人が小言がましく呟いたが、それは迅にとって自信の裏付けとなる事象でしかなかった。
「こちらの要求は一つ」
ネイバーの入隊を求めた事に、それぞれがそれぞれの難色を示す。
「私が、そんな要求を飲むとでも？」
城戸司令の表情も、声音も台詞も全て毒々しい敵意を含んでいた。
「もちろんタダでとは言わないよ」
ボーダー上層部にとってこれがどんな意味を持つ代物か、俺は彼ら以上に知っている。
「代わりにこちらは風刃を出す」
しかし手を離れたのは、１つの黒トリガー。それ以上でも以下でもない。
思惑をめぐらせているらしい狐狸と、厳しい表情のままの城戸司令を迅は試すように一瞥した。
手段はどうあれ、無事勝った。彼女のSEによる隠遁劇に。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 106人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：京 | 作成日時：2023年4月14日 21時
