十字路に立つ理解者 ページ9
何かが起きている。何かが。
警戒区域の十字路に描かれた白線は、まだ生々しいままアスファルトからひび割れていた。
この地域がついこの間まで普通の暮らしをこれからも送っていける場所と考えられていた、何よりの証拠である。
迅は“視えた”敵襲に備え、依然として拡大を続ける警戒区域を歩いていた。
嵐の前の静けさ。星もなく、風も吹かない凪いだ夜だ。
あたり一面、無機質な空き家と瓦礫の山がだんまりを決め込んでいる。
トリオン兵による被害の補填はイタチごっこを続けていて、一般人向けの相談室は昨今のイレギュラーゲート事件により相談件数が激増したらしい。
それに、最近ボーダー内の一部では話題である。
なんでも、その需要拡大中であるはずの「ボーダーお悩み相談室」の業務縮小が続いているとか、記憶封印措置が以前より手間取る、とか。
その訳を知っている。訳の元凶がどこにいるかも。
全て視えていた上で送り出した。そうしなければ今のような
それとも、拮抗する唯一のSEを排斥しなければ、自分が“視る”自信がなかったというのが本音か。
迅は薄く笑ったが、それは彼がいつも貼り付けている掴みどころのない表情とは一線を画していた。
時に精鋭として遠征へ送り出された彼らの記憶は、三門市民としての常識だけに“編集”されていた。
そして、遠征艇の緊急システムを利用した帰還に彼女の姿はなかった。
現に、遠征艇用緊急脱出システム発効後も本艇は移動を続け、ある地点で消息を絶った。
周囲が死亡か逃亡の二極化を呈する。もちろん未来視も求められたが、一般人と化した同乗者からも、ボーダー隊員からも彼女に関することは何も視えなかった。
“編集された”か。聡い彼女のことだ。俺のSEを妨害する手段はいくらでも講じてくる。
(ふられちゃったか)
一番の理解者のつもりだった。
彼女の方から分断されるまでは。
未来に映らないAという存在は、元からこの世界にいなかったかのよう。
彼女の光像は蜃気楼だったのかもしれない。このSEが作り出した理解者の幻想。
しかし空閑という存在がついに転がり込んできた時、ヴェールは剥ぎ落とされた。
特異点によって作り出された膨大な数の分岐点を抜けた先にちらりと影を見せたA。
逃がすものか。まだ償いきれていない。
「皆さんお揃いでどちらまで？」
まずは、ここから。
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作者名：京 | 作成日時：2023年4月14日 21時
