1.3 私情と尋問 ページ4
「お連れしました」
「ご苦労さん」
無機質の匂い。
かつてから不思議に思っていた本部設計図の空白だと直感した。
何のために用意されたのか。まさか室長の秘密基地だったとは。
「開発室にこんな場所があるなんて」
「知っていただろう。ここで尋問するのはせめてもの優しさだ」
鬼怒田はどこからかボールペンと紙を引っ張り出した。
机上の微塵が巻き上がり、この部屋が長く使われていなかったと推察する。
優しさを無下にするのは申し訳ない気もするが、この空間は少々見晴らしが悪いようだ。
誰が何のために私と例の遠征艇を丸め込もうとしているのか、全く見えない。
なぜ開発室長がここに私を秘密裏によんだのか。
「地下室に缶詰よりは、まだ見晴らしの良い高層階の方がいいわ」
元来職人気質な彼に限って、保身に走るなど考えづらい。
そもそも問題の遠征艇は試作品だった。開発室は責任を問われない。
念の為の誓約書もあるはずだ。もっとも搭乗隊員の除籍で無効にならなければ、だが。
「…現在お前には３つ嫌疑がかかっている」
短い指を驚くほど器用に使って、鬼怒田の手中でボールペンが回っている。
「任務放棄、遠征艇盗用、脱走？」
我ながら酷い罪状だ。情状酌量の余地もない。
「そうだ」
「三つとも認める。トリガーの剥奪もね」
トリガーを手放して、一般人に戻れるのかはわからない。
記憶装置は私に無意味であるからには、野放しか監獄かの二択か。
「弁解は？」
「ない。すべて私の責任で処理して」
どこかに何か詰まったのか、元々か、耳障りな異音を含んだ換気扇の音だけが聞こえている。
今が何時かもわからない埃っぽい一室の、塞ぎ込んだ空気は動かない。
しばらく経って、鬼怒田はため息をついた。
ここ数ヶ月会っていないうちに溜め込んだ疲労の塊を見た気がした。
「強情だな」
何かあるんだろう、と目が問いかけているのは初めからわかっていた。
であるなら、察しの悪いフリをしていることも初めからバレているだろう。
「それだけが取り柄なんで」
「了解した。備考欄を埋めたいんだが」
そっちこそ強情だ。まだ食いついて離れない。
ここまで執着される覚えも心当たりも有り余る。
室長の眼は柄にもなく揺れていた。ここで私がすがって謝り、願えば何とかしてくれるつもりだったのかもしれない。
「…ひとつだけ。遠征艇にはなんの欠陥もなかったわ」
「そうか」
私のログ上では、保身に走ったということにしておこう。
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作者名：京 | 作成日時：2023年4月14日 21時
