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泡のような表情が消え、重みに耐えかねたように引き結ばれた口角が戻ってくる。
傍目から見れば好ましくはないその変化に、迅はほっとしたように息をつく。
「いいよ」
乞うた許しを得たには少々呆けたような顔でクッションをおき、Aは身支度を整え始めた。
その身振りや表情にはさっきまでのあどけなさはなく、ただ黙々と衣服についた白埃をはたいている。
「なんでここに」
くるりと室内を見渡して迅が訊いた。Aは顔をあげ、少々気まずそうに口を開く。
「変え方がわからなかっただけよ」
「トリガーと一緒に直して貰えばよかったのに」
Aのきょとんとした顔。ああ、これはいつ、どこのお前だ。
いっとき晴れた迅の不安は焦げつき始めていた。
「鬼怒田さんともあんなに仲良しだろ」
小首をかしげるその動作が憎たらしくてたまらない。彼女が憎いのではない、その動作が憎いのだ。
「そうだっけ」
「なあA、それ本気で言ってるの」
震える口角。笑っているのは俺か、Aかはたまた彼女のSEか。
「なにが？」
問い詰めてはいけない。問い詰めても何も解決しない、誰も幸せにならないとわかっているのに言葉は止まらなかった。自分で描いた未来が自分によって壊されていく。だが選択肢と分岐点がみるみる新しい交錯を形成していく、その岐路に立たされても良いと思った。
「本当に忘れてるのか聞いてるんだ」
どす黒い声だ。普段の飄々とした彼からは想像できないくらい、その声は歪んでいた。
この瞬間、彼女を壊してしまうとしても、どうしても今訊くのだと理性以外のすべてが叫んでいる。
「わ」
薄暗い室内、動揺に揺れる瞳が水滴で光っていた。
単音を残して一度口をつぐんだ彼女は、引き上げた唇の中央を下げた。
「まさか。何も忘れるわけないじゃん。みんな騙してやろうかと思ったの、わるいこだから」
下手な、馬鹿にしたような笑い。涙にまみれた顔面では何の整合性もない言葉を並べ立て、Aが笑っている。
途端、迅は生身独特の高揚感を感じた。突然の怒気に空気が強張ったのをみとめて、Aの表情がさらに確信に満ちた笑顔へと変化していく。
その対面で、怒りの青筋とも、悲しみの縮顔ともつかないぐしゃぐしゃの表情を呈した迅はひとり俯いていた。
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作者名：京 | 作成日時：2023年4月14日 21時
