夢 ページ15
ずれた時間を指す時計の音だけが聞こえる。ひどく古く懐かしい匂い。
写真や読みかけの雑誌、テーブルの上に散らばった解きかけの数学の問題。
トリオン体にはない体の重み。肉体の方はまだまだかかるらしい。
眩暈を抑えつつベッドから起き上がる、が部屋から出るつもりはなかった。
懐かしい。ここだけは何も変わっていないように見える。
埃を被った写真の中で、自分の起こした災禍の被害者たちが笑っていた。
「迎えに行くから。そこで待ってて」
確かにここは旧隊室。
自分を迎える仲間も戦局を移すモニターもない、機能を失った空間。
「行かなきゃ」
久しぶりにその役割を果たし、ただ一人残った隊員を見つめる部屋に告げる。
だがスライドドアの操作キーに触れた時、返ってきたのはけたたましい警告音。
「行くなと」
少し安心したように笑う。
エラーコードに一言つぶやいてソファへと傾れ込めば、埃が雪のように舞い積もった。
。
「やっぱりね」
電気も点かなくなった置き去りの部屋で、ソファに横たわる姿があった。
埃っぽい空気と時計の秒針の音。時計が指す、はるかにずれた時間は彼女のものか。
「起きろ、A」
「ゆういち君？」
あどけない声に少し驚く。寝惚けているのはみて取れるが、彼女の記憶は今どこにあるのか。
大人が浮かべそうな複雑な表情を押し殺して、迅は屈託なくにっこりと笑った。
「そうだよ。はやく行こう」
しかしAは迅の手を取ることなく、 クッションを抱きしめたまま口を尖らせる。
「でもまだみんな帰ってこないの」
年齢にそぐわないいじらしい様子に可愛げを覚えることなく、迅が感じたのは焦燥だった。
「...今日は帰ってこないよ」
もしかしたら、全て消えてしまったかもしれない。遠征の記憶、組織の記憶、これまでの出来事の全て。
「どこに行ってるの？17時からミーティングだったのに」
Aの目線が壁の時計へと動く。２時間以上姿を現さない仲間に苛ついた様子でポケットに手を入れた。
「来週には最終戦なのに」
取り出された携帯電話に光る液晶画面。しばらくして再び迅の瞳を見た時、夢を見ているように口走っていた彼女の顔は崩れていた。
「ごめんなさい」
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作者名：京 | 作成日時：2023年4月14日 21時
