歪【ワールドトリガー】 (ページ11)

今日:39 hit、昨日:51 hit、合計:14,666 hit

うろ覚えの留守番電話ページ11

その日、目の前には見覚えのあるトリガーが置かれていた。

全快祝いに黒トリガーとは。縁起でもない。
このトリガーなら尚更だ。

本部長の方を向いたが、合った目もまた複雑そうな光を湛えていた。
やるせなくなって視線を逸らせた。せめて鬼怒田さんだったら何か一言恨み言くらい言えたのかもしれない。

城戸司令は何を思っているのか。逆光の中で表情は全く掴めない。

なぜ除籍処分にならなかったのか。ではなぜトリガーは依然として帰ってこないのか。
なぜ、他でもないこのトリガーがここにあるのか。望めばここにいる人全員をただの一般人に戻せてしまう、そんな危険な反乱分子の眼前に。

「風刃の所持を許可する」

許可？申請した覚えなどない。そもそも許しを望んでいない。
反論しようとした気配を認めて、城戸は手で制す。

その手に噛み付かんばかりの剣幕に、鬼怒田が口を挟むが彼の目もまた逸らされていた。

「異論は認めん」

もちろんこの許可を辞退すればどうなるか知っている。
むしろ望み通り除籍になるはずだ。

「私は」

長机の向こうがやけに遠い。逆光に飲まれて、城戸司令の像が黒く網膜に張り付いた。

「以降監視は解除、外出には制限を設ける。復帰内示まで他隊員との接触は禁止とする」

各々が席を立つ中、膝が突っ張って動けないような緊張をAは感じていた。
風刃所有について、彼の存在価値を無視した説明が欲しい。私は何のためにこのトリガーを持つのか。

「通告は以上だ」

「城戸司令」

一度立ち止まりかけたように見えたが、すぐドアの向こうに姿を消した。最後に残されたのは物言わぬ黒鉄と自分。

気づいた時には共用電話からうろ覚えの電話番号を叩いていた。

コール音が耳を泡立てる。１コールごとに切ろうか迷ったまま、ついに留守番電話に繋がった。
のほほんとした声で要件を求める録音音声にそこはかとない懐かしさを覚えながら、Aは口を開いた。

「このバカ」

喉が潰れたか。それ以上声が出ない。
実際には嗚咽が込み上げていることをみすみす知らせることはできなくて、意地を張ったAは一言で留守番電話を切った。