本当は【ＨＱ短編集】

矢巾秀 ページ29

「おまたせ」

「大丈夫だよ！いつもゴメンね」


帰り道が途中まで同じだという理由から、友達の矢巾は私を家まで送ってくれることが多い。

自分も部活後で疲れているだろうに、いい奴だ。

今日も彼の隣を歩く。

その横を、何回も見てきた景色が流れていく。

等間隔に並ぶ電信柱

崩れかけた古い塀

ボロボロしい掲示板

そんな雰囲気のかけらもない帰り道だけど、矢巾の隣を歩いている時は全然気にならなかった。

それくらい、好きなんだろう。


「明日は何かあるの？」

「部活」

「あー……さすが強豪」

「土日だって休んでられねえよ。もうじき大会近いし」

「そっかぁ」


今日は金曜日、明日は土曜日。

当たり前だけど、休日も部活はあるらしい。

大変だなって思う。

でも、部活の話をする矢巾はすごく楽しそうで、部活好きなんだって伝わってくる。


「あ、ここだっけ？」

「そうそう、ありがとう！」


話してたら、いつも送ってもらってる場所に着いた。ここから少し歩いたところに家がある。


「じゃー、またな」

「……うん、またね」


土日を挟んだら、また１週間が始まる。

そこで大方の人は、同級生に会う。

でも、私はそれに含まれない。

引っ越すから。

今日が、最後の登下校だった。

今のが、最後のお別れだった。

なのに矢巾には、転校するんだってことを、言えなかった。

だって言ったら、いつも通りの帰り道じゃなくなっちゃうじゃん。

最後だから “ いつも通り ” でありたかった。

自分勝手だなって、我ながら思うよ。

だからさ、今の

本当は “ またね ” って言うべきじゃなかった。

“ また ” はないから。

月曜日から、一緒に帰れないから。

“ バイバイ ” って言うべきだったのに。

でも言いたくなかったんだ。

だって意識しちゃうじゃん。


「……矢巾、好きだったよ」


一緒に帰るの、最後なんだって。

好きなのに、会えなくなっちゃうって。

小さくなっていく彼の背中を見ながら呟いた言葉は、きっと彼には届かなかっただろう。

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