不眠症 (ページ7)

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『あのね…ママが若い男に走っちゃったの…』

WZ｢え。｣

その後、俺はAの前で何度も踊ることになるのだが、最初のこの衝撃ほど強烈なものはなかった。

『相手は自転車屋さんの店員でね、自転車のパンクを直してもらったのがきっかけで恋に落ちて、家出してその愛人のアパートに行っちゃったの。
多分そのショックで眠れなくなっちゃったんだと思う。
ママは2週間ぐらいで戻ってきたけど、今でもその愛人と会ってるみたいだし、パパとはずっと仲悪いし、それでこの間大喧嘩になって…』

あまりに酷すぎることに言葉も出ない俺に向かってAはペラペラとよく喋った。

なんの躊躇いもなく胸に詰まった全てのものを途切れなく吐き出している。

この話は永遠と続き、ラストはAの母親が父親に｢愛人とは会わない。｣と約束をしたところでめでたく幕を閉じるのだが、もうその頃には昼休みの始まりを告げる鐘が鳴り響いていた。

それでも暫く給食を食べに戻る気にもなれないくらいポカンと呆れ果てていた。

これほど込み入った家庭事情を聞いたのは初めてで、こんなんじゃこの子が眠れなくなるのも無理ないなあ、と思っていたのである。

けなげにカラ元気を振りまくAが何だか急に可哀想になってきた。

だからってわけじゃないけど、

WZ｢あのさ。｣

新校舎へ引き上げていく前、俺は照れくささをこらえてAに言った。

WZ｢これからも時々ここで会わないか？不眠症同士また色々話したい。｣

せっかく同病者と知り合えたのにこのまま別れてそれっきり、というのは何となく勿体ない。