【WT】貴方と紡ぐ【短編集】 (ページ8)

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時は遡り半年前、Aちゃんは交通事故に遭い、なかむが駆けつける間もなく息を引き取ってしまった。ドライバー側も全治数年の傷を負った大きな事故。冷たくなった彼女の前で跪き泣き崩れていたなかむを、俺は一生忘れないだろう。

なかむは俺の言葉を聞くと、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたのも束の間、そのまま苛立ちを顕にした。

「ねえきんとき、俺、そういう冗談許せないんだけど」

無意識のうちに、両膝の上で拳を握った。
どうやらこいつは本気で言っているらしい。

「…え？きんとき、どうしたの、ねえ大丈夫？」

視界にうつるなかむは歪んでいた。手元のオレンジジュースが塩気を帯びてゆく。居酒屋特有の大きな氷は既に溶け始めてしまい、本来の味を徐々に蝕んでいっていた。

なかむは俺の涙を見て、あたふたと態度を一変させた。目の前で泣かれてまで怒っていられるほど鬼では無いという事だろう。きっとAちゃんも、こいつのこんな所に惚れたのだ。

もはや自分でも制御出来ないほどに、まるで決壊してしまったダムのように、取り留めもなく言葉が出てきてしまう。

「なかむ！いい加減目え覚ませよ！」

「おいやめろって！」

俺の勢いに負けじときりやんも声を張った。語気は強く、だがどこか悲哀を含んだ言い草だった。

場の熱が温まっていく、と言えば聞こえはいいのかもしれない。俺たちはもはや、相手のために言葉を紡ぐのか、自分のために言葉を形作るのかわからなくなっていた。

「目覚ますってなんだよ！意味わかん無いんだけど！？」

「夢ばっか見てんじゃねえって言ってんだよ！」

「だからそれが意味わかんないんだって！」

「なかむだってその目で見たろ！？」

「ねえだから何をだって聞いてんじゃん！」

「お前なぁ…！」

酸素が薄い。息が苦しい。こいつに何か語り掛けたいのに上手く口が回らない。

もういいよ…となかむは荷物を片手に立ち上がった。互いに納得が行くまでとことん話し合う、がモットーであるなかむが途中で帰るというのだから、あいつもあいつで相当きているのかもしれない。

誰もなかむを引き留めなかった。
引き留めたところで、事態が好転すると思えなかったからだ。

なかむの姿が見えなくなった頃、すっかり脱力してしまった俺は、いつの間にか立ち上がってしまっていた事を気にも留めず、すとんと椅子に体を預ける。

「……なかむ」

誰に向けたでもなく口から漏れたその音は、酒場の喧騒にかき消されていった。