【WT】貴方と紡ぐ【短編集】 (ページ32)

今日:56 hit、昨日:45 hit、合計:13,223 hit

ページページ32

彼は戸惑う私を満足そうに見つめると、私の横たわるベッドに腰掛け、手のひらで私の頭を撫でた。子どもを褒める時のような、このような状況でなければ思わず甘えてしまいたくなりそうな優しい優しいものだった。

「心苦しいけど、俺達には必要な事なのかなぁって」

彼はそう呟きつつ、手元で何やら準備を開始している。目に情報を入れたいが、それは彼の体で隠され、更に体を動かす事もままならない。かちっ、かちっと不穏な音が部屋に響いて、私の中の恐怖を掻き立てていくようだった。

いくらこちらの声が届かないとは言え、話の全貌が追えず頭がおかしくなりそうだ。先程から全く意思疎通が計れていない。今日の天気を尋ねて好きな色を答えられるような、そんな不気味さ。

彼がおもむろに立ち上がると、今までの作業の結果が顕になる。目に飛び込んだのは、何かが用意された七輪のような、七輪以外の何物でもない無いような。ベッドと床の境目で弱々しい炎が揺らめいており、沈みゆく夕陽を連想させた。

なんで、なんで。

切な疑問は祈りとなって届き、今にも部屋から出ようとする彼がそれに答えた。

「ごめんね、でももう、俺、我慢できなくなっちゃって」

がちゃ、ばたん。

時計の無い部屋で、線香花火のような音が聞こえる。手足を引っ張ったりねじったり、思いつく限りの手段を力任せに試みるがプラスチックが肌に擦れて痛みが増していくだけだ。局部が赤く変色し、見るも痛々しい光景になっていく。

1分、あるいは10分。
始めにまず締め付けられるような頭痛がして、脳が脈打つ心地がした。次に胃の中からせり上がるような吐き気を催し、しかし何かが浮かびあがってくるわけでもなく。インフルエンザの症状が一挙に襲ってきたような感覚の中で、最後に唐突で激しい眠気がやってきた。暴れる手足から力が抜け始め、瞼と理性の一騎打ち。ここで意識を飛ばせば死ぬ。私の本能がそう告げていた。

死への恐怖と身体の不快さで精神がぐちゃぐちゃになり、呼吸ひとつで体が蝕まれていくような状態だった。ぼんやりとした視界が、生理的な涙によるのかそれ以外の要因なのかすらあやふやになっている。

嫌だ、死にたくない。しにたくない。助けて。

痛切な心の叫びは最期まで届くこと無く、よぎった走馬灯を知覚する間もないまま、私の意識はきえていった。