【WT】貴方と紡ぐ【短編集】 (ページ16)

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きりやんと名乗るその男は、彗星の如く私の前に現れた。根元まで脱色された傷むことを知らぬ髪の毛、ほんのり鼻腔をくすぐる甘ったるい香り、流行りに便乗したような大きな丸眼鏡。
なんだこいつ、というのが、私の第一印象だった。

『きりやん…先輩』

「あはは、そんな畏まらなくても良いのにさ〜」

それより乾杯しよ、と半ば強引な形でグラスを合わせさせられる。彼の手には大きな生ビールジョッキ。1杯目から、なんとも清々しい飲みっぷりだ。片手間に枝豆を摘んでいるあたりから、飲み会慣れしているのだろうと推察された。

大体、きりやんってなんなんだ。確実に本名では無い。初対面で名前も名乗らずあだ名を伝えるって、どんなコミュニケーションの仕方だよ。

きりやん先輩はお酒が入ると笑い上戸になるらしい。先程から後輩に肩を組んだり、先輩に一発ギャグを披露したりしている。
と思えば気配りの出来る一面もあるようで、顔色の芳しく無い人に水を飲ませ、介抱するシーンも多く見られた。

意識の遠のいている人々も増え、そろそろ解散しようかという雰囲気になっていたところだった。

「Aちゃん、今日、楽しめた？」

こちらの顔色を伺うような尋ね方をしてくるものだから、何事かと動揺した。驚きを隠せぬまま一度だけ首を縦に振る。

「…なら良かった。けどAちゃん全然お酒飲んで無かったよね、もしかして飲み足りないんじゃない？」

飲み会が始まってから数時間。私の手元にアルコールが置かれたことは一度としてない。格段お酒に弱い訳ではなく、初対面の人間が多くいる場で酒に溺れ、酔っ払って醜態を晒すことがないようにと警戒心を強めた結果だった。

『大丈夫です。お気遣いありがとうございます』

口早にそう告げると、きりやん先輩は間が悪そうに視線を泳がせた。

「あ〜、二人で飲み直したいなっていうお誘いのつもりだったんだけど、もしかして俺振られてる？」

『え？』

私が面食らうと、眼前の金髪男が途端に浮かれた表情を見せ、右手で頬杖をつく。してやったりとでも言いたげだ。

ここで適当に彼をあしらい、さっさと帰宅してしまえば良かったと、今では思う。しかし、当時の私がそれをするには余りに、彼の瞳が私を惹き付けて離さなかった。