誰も彼も虜にしていく ページ8
どうしよう、どうしよう。
転んでしまった。失敗した。
ここでカットされてリテイクしても、引き摺って上手くいかない気がする。
頭がうまく回らない。
今まで少しのトラブルがあってもなんとかできたはずなのに。
自分の心臓の音が大きくなってきた。
視界がぼやけてきた。
涙を流すのは今じゃないのに。
___コツン、コツン
「……?」
視界が暗くなり、見上げるとAさんがいた。
____ふわり。
そんな音が本当に聞こえたかのように、Aさんは私の頭を優しく撫でて、藍色と紅色の刺繍が施されたハンカチを私の目元に当てた。
その瞬間、ぶわりと涙が溢れた。
この人はAさんじゃない、“
そして私は有馬かなじゃない、“
『うぅ……っ』
声をあげて泣きたかった。
でもそうしなかった。
母親との永遠の別れを泣き叫ぶだけで終わらせるなんてこと、
娘との永遠の別れに涙を堪えながら、笑顔で頭を撫でる“藍紅”。
大粒の涙を流しながらも、触れられた優しい手を掴んで離さない“
監督がカットと言うまで、その場にいたスタッフ全員が息を忘れたのも涙腺が緩んだのにも気づかなかった。
「スタッフさん、救急箱」
監督のカットの声が聞こえた瞬間にAはいつもの顔に戻り、有馬を抱き上げて救急箱があるであろう場所の近くにある椅子に下ろした。
はっとした皆は慌てて救急箱を取り出し、有馬に駆け寄る。
「膝と…体を受け止めた手だな。痛むだろう」
「…うん」
「よく
短くも重い言葉で、有馬は今度こそ声をあげて泣いた。
「わ、わたし」
「うん」
「Aさん、みたいな、すごい役者に、ぜったいなります」
「ああ。楽しみにしてる」
Aは隠し事はすれど嘘はつかない。
有馬かなに光るモノが見えているのは本当だし、期待しているのも本当だ。
だが、「待っている」とは言わなかった。
有馬が女優と言われる時まで、Aが女優でいる保証はどこにもなかったから。
「Aさん、かなちゃんお二人ともクランクアップです!」
「Aさん、二次会行かないんですか?」
「先約がある。おつかれ。ご馳走様」
この後ADは有馬かなの母親にぐいぐい話しかけられ、そういうことかよ逃げたなあの魔女!と心の中で叫んだ。
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HANON(プロフ) - ふぉん鴉さん» ありがとうございます!魔女ちゃんのお相手は誰になるんでしょう… (10月21日 22時) (レス) @page15 id: 42f4c6aba7 (このIDを非表示/違反報告)
ふぉん鴉(プロフ) - 更新ありがとうございます!!作者さんの立ち位置が自分と似過ぎていて滅茶苦茶分かる!と思いました、丸。 (10月16日 22時) (レス) @page13 id: e0721d2717 (このIDを非表示/違反報告)
HANON(プロフ) - ふぉん鴉さん» 神作なんて光栄です!頑張ります。ふぉん鴉さんコメントありがとうございました。 (7月23日 12時) (レス) id: 42f4c6aba7 (このIDを非表示/違反報告)
ふぉん鴉(プロフ) - 自分の中での神作有難うございます。゚( ゚இωஇ゚)゚。これからも頑張ってください!応援してます(oˆ罒ˆo) (7月23日 6時) (レス) id: ecacc3dc55 (このIDを非表示/違反報告)
HANON(プロフ) - らーさん» 頑張ります。らーさんコメントありがとうございました。 (7月22日 16時) (レス) id: 42f4c6aba7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:HANON | 作成日時:2023年7月16日 1時