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降りる駅が近付くにつれ、乗客が少しずつ減っていく。
もう通勤客もまばらな、深更だ。
駅名がアナウンスされ、二人同時にホームに降り立った。
いつもなら、人混みに押され、はぐれそうになるのに、静まり返ったホームでは、はぐれようも無い。
「静かだね」
「さすがにこの時間じゃね」
「広く見える」
いつもの駅なのに、違って見えるのが楽しいのか、大野はしきりに辺りを見回した。
「寒くない?」
松本は、大野のマフラーの隙間を寄せてやった。
「そういえば松潤、勝手にこのマフラー持ってっちゃったことあったっけ。ふふ、こんなぼろいの、ふふ」
「…あの時は、…すいません…」
そのマフラーでどんな事が起きたか、口が裂けても言えない。次の日、後ろめたさと共にきちんと洗濯して返した。
駅を出ると、電車に乗る前に見ていた煌びやかな街が、実は別の世界だったかのように思えるほど、ぼんやりとした街燈で照らされた住宅街は、空気が止まったように静かで、平和だった。
「そのマフラー、なんか思い入れとかあんの?」
くりんとした何のてらいもない瞳が、松本の目を見るので、鼓動が跳ねる。その目が愛おしいと思った。
「無いよ、うふふ、なんか買いそびれてんの。そゆの無い?意味もなく使っちゃうのって」
「あるね!10年くらい使ってるポーチとか。買い替えりゃいいのに」
「ね」と大野は笑って腕に繋がるので、その手を剥がして、手を繋ぐと、松本はそのまま自分のポケットに入れた。
「手、冷たくなってる」
「松潤…あったかいね」
大野は、ふわふわと浮いてしまいそうな心持ちになった。この坂道がいつまでも続いたら、幸せなのに。
ずっと横顔を見ていたかった。
夢にまで見たマルスは、温かくて優しくて、自分を好きだと言ってくれる。ポケットの中で手を繋いでくれる。
「大野さんさぁ」
うっとりとしていて、少し反応が遅れた。
「な、なに?」
「誕生日、いつ?」
「11月の26日」
「え?もう過ぎてんじゃん!なんで教えてくんないの」
「だって、訊かれないもん」
至極ごもっとも。だが、恋のボルテージを上げさせてくれる最大のチャンスが、ほぼ一年先とは。
松本は、がっくりと肩を落とした。
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1980love(プロフ) - 美しいmさんの顔も、可愛いoさんも幸せそうな二人も。たくさんの場面が目に浮かびました。mさんのために自分を大事にしたいって思うように変化していくのがとてもキュンキュンしました。一緒に暮らし始めたふたりが末永く幸せでありますように…。 (2020年4月14日 12時) (レス) id: e576671ee9 (このIDを非表示/違反報告)
斑野 ニケ(プロフ) - 青龍葵様 読んで下さって有難うございます。カレーとシチューの時間軸が違うので、別の日になってるので間違っては無いのですが、字数の制限で詳しく説明が入れれなくて理解し難い書き方になってしまって、申し訳ありません(汗) (2018年10月4日 1時) (レス) id: 6f3d786cf4 (このIDを非表示/違反報告)
青龍 葵(プロフ) - 初めまして!素敵な作品で思わず一気に読ませて頂きました。また今後の活躍(MO小説)を楽しみにしてますw ※一部、誤字がありました。P82では「カレー」表記が、P84、P89では「シチュー」になってるので訂正お願いします。 (2018年10月3日 2時) (レス) id: 92632a3282 (このIDを非表示/違反報告)
あみ(プロフ) - 出遅れコメント 失礼いたします。かのお二人のお姿 お声 しっかり届き 溺れ 読ませて頂きました!そして何度も繰り返し読ませて戴き 癒されております。またの作品を楽しみにしています!あ〜ハイボールも美味い です! (2018年6月8日 19時) (レス) id: 6d8377daa0 (このIDを非表示/違反報告)
斑野 ニケ(プロフ) - 波智様 そ、そそそんなに褒められると穴掘って冬眠しそうです!今回は特にややこしい事抜きで、素直なラブストーリーを描きたかったので、楽しんで頂けてホッとしております。読んで下さって有難うございます。 (2018年5月31日 22時) (レス) id: 6f3d786cf4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:斑野 ニケ | 作成日時:2018年5月26日 15時