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電話で、松本から帰宅する旨の連絡があった。
二人が帰る前に、大野の部屋のノブに、また不審なものがあった場合、大野の目に触れさせないように、回収してくれるよう松本に頼まれていた。
「こんな年寄りが役に立つことがあるなんて、思いもしなかったよ」
老人は、もうすっかり忘れていた、緊張と高揚を覚えた。
ドアを開けて、辺りに人が居ないか確かめてから外に出て、大野の部屋のドアノブを見た。
小さな白い影があった。
近くに寄ると、白いレジ袋だと分かった。
それを回収して、松本が呼びに来てくれた時に渡す。
そういう計画だった。
一体、犯人は、何の為に大野を苛むのだろうか。怒りもあった。老人は、袋の中を見た。
写真が数枚。遠くから大野を狙ったのだろう。少しぼやけてはいるが、彼だと分かる。盗撮写真だった。
袋の底に、レシートがあった。現像した時のレシートだろうか。裏に掠れたボールペンで
“ニゲラレナイヨ”
と高い筆圧で書いてあった。所々穴が開いている。強い情念を感じた。
老人は、わなわなと体を震わせた。
そのまま、松本が帰ってくるのを、じっとして待った。
随分と長く感じた。
待望のチャイムの音がして、戦慄く手でドアを開けると、その逼迫した表情で、察した松本は、手を出した。
「また来てたんですね。渡して下さい。被害届を出す時の証拠にしますから」
「ま、松本くん、大野くんは一体何に狙われているんだい!か、彼は一体…」
「落ち着いて下さい。少し頭のおかしいヤツが、智に嫌がらせしてるだけで。ちゃんと隠しカメラも取り付けましたし、仕事の行き帰りは、僕が付いてますから。大丈夫。守りますよ」
その言葉に、老人は、ようやく平静を取り戻した。
「智を怖がらせたくないので、見せないことにしたんです。五十嵐さんも、知らない振りをして下さい」
「わ、分かったよ」
大きく溜息を付いて、言った。
「松本くんが越して来てくれて、本当に良かった。神様がきっと遣わしてくれたのだろうね」
松本は苦笑した。
「これから中身は見ないで下さい。五十嵐さんの心配が大きくなるばかりですから」
「ああ、本当に心臓がどうにかなってしまうかと思ったよ」
「行きましょう。智が、おいしいカレーを作って待ってます。ただ、なるべく僕から彼が視線を逸らすよう話しかけて下さい。こいつを隠さないといけないので」
「了解したよ」
幾重にも皺が寄った微笑みを浮かべた。
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1980love(プロフ) - 美しいmさんの顔も、可愛いoさんも幸せそうな二人も。たくさんの場面が目に浮かびました。mさんのために自分を大事にしたいって思うように変化していくのがとてもキュンキュンしました。一緒に暮らし始めたふたりが末永く幸せでありますように…。 (2020年4月14日 12時) (レス) id: e576671ee9 (このIDを非表示/違反報告)
斑野 ニケ(プロフ) - 青龍葵様 読んで下さって有難うございます。カレーとシチューの時間軸が違うので、別の日になってるので間違っては無いのですが、字数の制限で詳しく説明が入れれなくて理解し難い書き方になってしまって、申し訳ありません(汗) (2018年10月4日 1時) (レス) id: 6f3d786cf4 (このIDを非表示/違反報告)
青龍 葵(プロフ) - 初めまして!素敵な作品で思わず一気に読ませて頂きました。また今後の活躍(MO小説)を楽しみにしてますw ※一部、誤字がありました。P82では「カレー」表記が、P84、P89では「シチュー」になってるので訂正お願いします。 (2018年10月3日 2時) (レス) id: 92632a3282 (このIDを非表示/違反報告)
あみ(プロフ) - 出遅れコメント 失礼いたします。かのお二人のお姿 お声 しっかり届き 溺れ 読ませて頂きました!そして何度も繰り返し読ませて戴き 癒されております。またの作品を楽しみにしています!あ〜ハイボールも美味い です! (2018年6月8日 19時) (レス) id: 6d8377daa0 (このIDを非表示/違反報告)
斑野 ニケ(プロフ) - 波智様 そ、そそそんなに褒められると穴掘って冬眠しそうです!今回は特にややこしい事抜きで、素直なラブストーリーを描きたかったので、楽しんで頂けてホッとしております。読んで下さって有難うございます。 (2018年5月31日 22時) (レス) id: 6f3d786cf4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:斑野 ニケ | 作成日時:2018年5月26日 15時