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食事を終えて、カフェを出ると、松本が開催中の展覧会を目敏く見つけ、大野を呼んだ。
「ねえ、北斎やってるよ。北斎」
「見たい。見よ」
二人とも日本画にも浮世絵にも造詣が深いわけでは無かったが、本物を一度見てみたかった。
単純な好奇心は、二人に同じくらいの興奮と感心を与え、見終わる頃には、ちょっとした北斎ファンになっていた。
松本は、時計を見た。
「まだ少しだけ時間いい?」
「オレ、今日はずっと暇だもん」
「土曜と日曜は2回公演で、そろそろ始まる頃なんだよ。舞台裏とか見てみたくない?」
大野がおもちゃをもらった犬みたいに跳ねた。
「見たい!見たい見たい!見せて」
心が震えた感動を、今でも覚えている。裏側を見るのは、舞台好きとしては邪道かもしれないが、あの空間に触れてみたかった。どうやって作られているのか、知りたかった。
大野は松本の腕を引っ張った。
「行こ。早く行こ」
人混みを縫って、二人は駅に向かった。
大野は、心の中で叫んだ。
松本が、劇場の関係者用の裏口の扉を開いたのだ。
観客側の大野にとっては、禁断の裏口だった。なんだか不思議な優越感を感じた。
「松本さん、おはようございます」
「おはよう」
スタッフ達が、松本の顔を見ると挨拶をする。一瞬、自分は彼の何だっただろうかと混乱してしまう。
「大野さん、おいで」
足が止まっている大野の手を捕まえて、細い廊下を進んでいった。手を繋いでいても、さして気にする人は居なかった。
「おい!潤!じゅーん!」
スマホを掲げて、狭い廊下を走ってくる男がいた。
「お前、見たか?演劇評論家のどいつもこいつも、昨日の初日を絶賛してるぞ!これなんか見ろよ、
“孤独に陥る男をどこか滑稽に描き、そしてシュールさが醸し出される世界観は、若い感覚による挑戦的にも感じる演出である。演劇界の新しいエネルギーをぜひ見て欲しい”だってさ!」
「それ褒め過ぎだろ」
そう言いつつも、松本は嬉しそうだった。
「あ、主役の人…」
「おう、潤のかわいい人、大野くん」
覚え方はどうかと思うが、覚えていてくれて、嬉しかった。
その男の視線が、二人の結んだ手に移動した。
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1980love(プロフ) - 美しいmさんの顔も、可愛いoさんも幸せそうな二人も。たくさんの場面が目に浮かびました。mさんのために自分を大事にしたいって思うように変化していくのがとてもキュンキュンしました。一緒に暮らし始めたふたりが末永く幸せでありますように…。 (2020年4月14日 12時) (レス) id: e576671ee9 (このIDを非表示/違反報告)
斑野 ニケ(プロフ) - 青龍葵様 読んで下さって有難うございます。カレーとシチューの時間軸が違うので、別の日になってるので間違っては無いのですが、字数の制限で詳しく説明が入れれなくて理解し難い書き方になってしまって、申し訳ありません(汗) (2018年10月4日 1時) (レス) id: 6f3d786cf4 (このIDを非表示/違反報告)
青龍 葵(プロフ) - 初めまして!素敵な作品で思わず一気に読ませて頂きました。また今後の活躍(MO小説)を楽しみにしてますw ※一部、誤字がありました。P82では「カレー」表記が、P84、P89では「シチュー」になってるので訂正お願いします。 (2018年10月3日 2時) (レス) id: 92632a3282 (このIDを非表示/違反報告)
あみ(プロフ) - 出遅れコメント 失礼いたします。かのお二人のお姿 お声 しっかり届き 溺れ 読ませて頂きました!そして何度も繰り返し読ませて戴き 癒されております。またの作品を楽しみにしています!あ〜ハイボールも美味い です! (2018年6月8日 19時) (レス) id: 6d8377daa0 (このIDを非表示/違反報告)
斑野 ニケ(プロフ) - 波智様 そ、そそそんなに褒められると穴掘って冬眠しそうです!今回は特にややこしい事抜きで、素直なラブストーリーを描きたかったので、楽しんで頂けてホッとしております。読んで下さって有難うございます。 (2018年5月31日 22時) (レス) id: 6f3d786cf4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:斑野 ニケ | 作成日時:2018年5月26日 15時