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すっかり陽が傾いたタクシーの中は暖かで、大野はうつらうつらとした。
「眠っていいよ。着いたら起こすから」
隣りの松本が、優しい言葉を掛けた。
「ん…」
大野が肩に凭れると、大野の甘い匂いが、松本の鼻を掠めた。
松本は、車窓の景色を見ながら、あの時、なぜ大野は口付けしようとしたのか、なぜそれを自分は受け入れることが自然だと感じたのだろうか。
その答えに辿り着けずに、見慣れた風景になったことにも、見慣れた建物の前に停まったことにも気付かず、運転手に声を掛けられるまで、脳の中で堂々巡りを繰り返していた。
次の日、答えの出ないまま朝を迎え、大野と二人で老人を迎えに行き、老人の部屋で食事を作り、団欒というものを、久しぶりに味わった。
舞台の通し稽古は、連日遅くまで続いた。
朝は、大野と同じ電車で出勤し、大野の笑顔に送られて稽古場まで行き、前日の通しのビデオを見て、修正点をノートに書き綴っているうちに、劇団員が眠そうな顔をしてやって来た。
自分の作ったものが日々形になり、思い描いたような風景になっていく事への満足感に、松本は夢中になった。
不安気だった演者の顔も、自信に満ちてくる。
スタッフも手応えを感じているのだろう。疲れているだろうに、動きは俊敏だ。
そして、今夜も充実感に包まれながら、三々五々帰路に就いた。
駅を後にして、街燈の寂しい長い坂道を上ると、大野の部屋に明かりが灯っているのが毎日見える。
そして、遅くなっても、ベランダ越しに「おかえり」と言ってくれる。それが、日々の勇気の糧になっていると、彼は知っているのだろうか。
今日もそれを心待ちに、心躍らせながら、坂を上り切った。
だが、明かりは無い。
嫌な予感しか無く、松本は小走りに階段を上がると、大野の部屋のチャイムを鳴らした。
辛抱強く待っていると、５ｃｍほどドアが開いた。暗くて、表情は読み取れなかった。
「どうしたの？」
覗き込む松本の目から避けるように、少しドアに隠れた。
「…風邪、風邪引いたから…寝てた」
その声は掠れて、途切れそうなほどか細かった。
「え？大丈夫？」
ドアを開けようと手を掛けたが、思いの外強い力で抵抗され、松本は驚いた。
「ほんと…寝てれば…、大丈夫だから。…ほんと…」
目の前で、無情なロックの音が響き、松本は立ち尽くした。
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波智(プロフ) - ニケさん、お久しぶりですね。新作楽しみお待ちしておりました。何回も読み返していてコメントが遅くなってしまいました。このお話もすごく面白くて好きです。サトシくんを全力で守ろうとするジュンくんがカッコイイ。今から後編読みにいってきます。 (2018年5月28日 22時) (
レス) id: 9aff2b762e (このIDを非表示/違反報告)
智雪(プロフ) - 初めまして、智雪です。この設定、ストーリードキドキワクワクしてます。後半も楽しみにしてます。素敵なお話ありがとうございます。 (2018年5月27日 9時) (レス) id: 3739857cfc (このIDを非表示/違反報告)
斑野 ニケ(プロフ) - あみ様 ビール三杯有難うございます。さとちのまつゆん呼びは外せませんでした(笑)後半は今日アップ予定です。四杯目になればいいのですが(苦笑) (2018年5月26日 11時) (レス) id: 6f3d786cf4 (このIDを非表示/違反報告)
あみ(プロフ) - ニケさん 潤くんの天然さ とさとっさんのまつじゅん呼びで ビール三杯いけそうです。後半も楽しみにしています！ (2018年5月24日 18時) (レス) id: 6d8377daa0 (このIDを非表示/違反報告)
斑野 ニケ(プロフ) - くま様 楽しんで頂けて、とても嬉しいです。無自覚な人たらしと、自分が傷ついても正直に真っ直ぐに生きる二人はリアルでもそうですもんね。後編も楽しんで頂ければ、幸いです。 (2018年5月21日 0時) (レス) id: 6f3d786cf4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：斑野 ニケ
| 作成日時：2018年5月19日 17時
