１５ ページ15
食事を終えると、松本はあっさりと部屋に帰ってしまい、その芸術的な顔をもう少し眺めていたかった大野は、残念に思いながら、見送った。
もしかして、自分のつまらない話で引かれてしまったのかもしれないと思ったが、記憶に残る、慈しむような微笑みが、その考えを打ち消した。
朝ご飯はあまり食べられない。体を温める為に、安売りの時に買い込んだコーンスープを熱さと格闘しながら口にして、リュックを背負い、鍵を掴んで、玄関のドアを開けた。
「おはよう」
お洒落なマフラーで少し隠れた口元から、白い息が漏れている。
「松本さん」
「会社行くんでしょ？さ、行こう」
「え？なんで？松本さんは出勤時間もっと遅いよね」
というか、その日その日によって違うのだが、松本は、ただ笑った。
並んで駅までの坂道を下りて、ホームにやって来たぎっしりと詰まった電車に乗り込む。人混みに押され、身動きできずにいる大野の腰に、松本の左手が回った。右手は背中に回され、大野は動揺した。これでは、まるでハグしてるようだ。顔が熱くなる。
自分より少し背の高い松本の顔を見上げると、眉間に皺を寄せた怖い顔をしていた。
八方の敵に睨みを利かせるごときの戦闘態勢に、その時、ようやく大野は、松本が自分を守っている事に気付いた。
「松本さん…あの…」
松本は固い声で言った。
「大丈夫。こうしてれば誰にも触られないから」
揺れて、押されると、松本は大野がよろけないように力を加えた。強く抱きしめる形になった。
香水だろうか。大野は松本から香る甘い優しい匂いを嗅ぐと、心まで守られている気がして、安心した。
松本も、大野が強張っていた体を、柔らかく自分に委ねたので、ほっとした。
いつもの不快な混雑が、気にならない。むしろ、大野の体温と匂いに癒されて、心地良かった。
数駅を過ぎたところで、松本の耳元で言った。
「次…降りる駅」
近過ぎて、顔が見れなかったので、大野の肩口で松本は言った。
「そっか、気を付けて」
「うん…ありがと」」
駅名がアナウンスされ、駅に滑り込んだ電車から、怒涛のように吐き出される人の流れに乗って、二人は降りた。
「じゃ、いってらっしゃい」
「え？」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 374人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
波智(プロフ) - ニケさん、お久しぶりですね。新作楽しみお待ちしておりました。何回も読み返していてコメントが遅くなってしまいました。このお話もすごく面白くて好きです。サトシくんを全力で守ろうとするジュンくんがカッコイイ。今から後編読みにいってきます。 (2018年5月28日 22時) (
レス) id: 9aff2b762e (このIDを非表示/違反報告)
智雪(プロフ) - 初めまして、智雪です。この設定、ストーリードキドキワクワクしてます。後半も楽しみにしてます。素敵なお話ありがとうございます。 (2018年5月27日 9時) (レス) id: 3739857cfc (このIDを非表示/違反報告)
斑野 ニケ(プロフ) - あみ様 ビール三杯有難うございます。さとちのまつゆん呼びは外せませんでした(笑)後半は今日アップ予定です。四杯目になればいいのですが(苦笑) (2018年5月26日 11時) (レス) id: 6f3d786cf4 (このIDを非表示/違反報告)
あみ(プロフ) - ニケさん 潤くんの天然さ とさとっさんのまつじゅん呼びで ビール三杯いけそうです。後半も楽しみにしています！ (2018年5月24日 18時) (レス) id: 6d8377daa0 (このIDを非表示/違反報告)
斑野 ニケ(プロフ) - くま様 楽しんで頂けて、とても嬉しいです。無自覚な人たらしと、自分が傷ついても正直に真っ直ぐに生きる二人はリアルでもそうですもんね。後編も楽しんで頂ければ、幸いです。 (2018年5月21日 0時) (レス) id: 6f3d786cf4 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：斑野 ニケ
| 作成日時：2018年5月19日 17時
