着信履歴(1) ページ21
上京して、マンションでの一人暮らしになり、今日ほど何もしなかった日はない。
何もしなかったというよりも、何もできなかったというべきか。
掃除や洗濯は事務所の手配したメイドサービスの人が留守中に済ませてくれる。
食事は自分で作る時もあれば、制作が出してくれたお弁当を持ち帰って食べたり、伊藤マネージャーと外食をしたりしているし、これといった趣味もないから部屋はいつも殺風景だった。
仕事を終えて帰宅するといつもなんとなく静けさに包まれて、部屋の中に彩りはない。
明日は久しぶりにオフはどう過ごそうかなんて考えて、サニタリーでスキンケアをしてリビングに戻ると、スマホが着歴を伝えていた。
友だちという友だちがいないこともあって、私のスマホの着信履歴にはいつも「伊藤さん」の文字が並んでいる。
いつものように次の仕事の連絡だろうと画面をタッチすると、私の心臓はとくんと音を立てた。
『御幸一也』
取り落としそうになるスマホを慌ててすくい上げて、そして、ゆっくりともう一度画面を確認する。
「どうして……」
ーーただの着信履歴のくせに!
なんでこんなに胸を締め付けてくるのよ!
自分の口がへの字に曲がるのを感じる。
次の一歩へ踏み出そうとしているのに、どんな用があったというのだろう。もう、期待させないでほしいし、これ以上苦しみたくもないのに。
無理に忘れようなんて思ってはいない。
ずっと、心の中の思い出の1ページにして、それを励みに一人で生きていこうと思っている。凛として、生きていこうと思っている。
だけど、まだ早すぎる。
また好きが溢れてしまったら、この数日の苦しみをもう一度味わうことになるだろう。
やっと、仕事に打ち込めているのに。
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作者名:ほさつ1秒83 | 作者ホームページ:https://twitter.com/hosatsu1_83
作成日時:2021年8月29日 19時