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全く眠れないし食欲もない。おまけに薬は効いてくれず、体感では熱は下がった気がしない。ただただ苦しいだけの時間を車内で過ごし、おぼつかない足取りで撮影スタジオの楽屋まで歩いた。
「メイクまで寝ときな？」
「いい。寝れないもん」
「横になるだけでいいんだよ。無理に寝なくてもさ？」
2人に支えられつつ、お言葉に甘えて2人がけのソファーに横になる。
「ついでに熱も計って」
コンビニで買ったらしい体温計を渡され、俺は棒状のそれを脇に挟む。約15秒でピピッ、とブザーが鳴った。
“38.5”。
朝測った時よりも上がっている。それだけで背中に大きな岩が乗ったように重く、意識が遠のいていきそうだ。
「や、病は気からって言うからなぁ……」
「絶対高かったでしょ」
舘さんは眉を下げて苦笑いした。
「冷えピタ貼っとけ」
照の手で額には冷却シートが貼られる。
「首にも貼るといいらしいよ」
「おっけー。舘さんありがとう」
首筋にも1枚、ペタッと貼られた。火照った体にメントールの冷却が心地よい。体感温度が少しずつ下がっているような錯覚に陥る。
「あっ、そうだ」
俺は肝心なことを言い忘れていた。
「照と舘さんにお願いがある」
「ん？」
「俺が体調崩してること、Aには言わないで？」
Aと俺の情報を内密に交換している照とラウに隠れて強火A担当の舘さん。こういう時、2人は特に注意しなければならない。現に照はスマホを操作しながらピクリと肩を震わせた。
「なんで？」
「あの子、今日東京に帰ってくるから」
Aは約2週間の舞台公演を終え、今日の夜に帰って来る。最終日の今日は昼夜2回公演で、大千穐楽の余韻も程々に忙しなく帰宅の途に着く予定だ。本番2回でただでさえ疲れているのに長距離移動もある。
「俺が熱出してるって知ったらゆっくり休めないじゃん……」
俺の体調不良を知ったらAは確実に無理をする。心配もかけるし俺への看病が負担になってしまう。
「いや、ふっかも休まなきゃいけないんだよ？」
「人のこと考えるより自分を優先しろよ、高熱の時くらい」
舘さんも照も呆れている。仕方がない。何があっても俺は自分よりもAを優先したい。
「無理……」
2人と話しているうちに冷却シートの冷却効果が薄くなってきた。
「病は気から、病は気から……」
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作者名：あおやなぎ
| 作成日時：2023年8月28日 23時
