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2人きりで話せる場所。私にはいつもの公園しか思い浮かばなかった。念のために肩を並べて歩くのはやめた。それは週刊誌対策もあるけれど、単に私が辰哉くんを裏切りたくない気持ちがあった。
ヒロキさんがここに来るまで、私は2本の棒を持っていつものように殺陣の練習をする。左脚にはサポーターを着けている。
「おっ、頑張ってるねえ」
どれくらい経っただろうか。ヒロキさんはリュックを背負い、傍らには槍を模した長い1本の棒を持ってやって来た。
「だから最近双剣使いが上達してるんだな」
『はい。役者として生きたいなら少しでも長く役を思い、役の考えそうなことを想像するべきって先輩に習いました。作品中の自分の役割をよく考えてできないことがあるなら必死で練習しなさい、舞台でも映画でもドラマでも見た目から役に染まっていくことも大事。全部同じ先輩が教えてくれたんです』
「その先輩すごくいいこと教えてくれたんだね」
『ヒロキさんのことですけどね?』
「素晴らしいな、俺」
ははは、と冗談っぽく笑うヒロキさんはマスクを取る。端正な顔立ちの一方で、彼の今の素顔には髭が蓄えられていた。今回の役になりきるため試行錯誤をしながら伸ばしているらしい。だけど顎まではカバーできそうになく、本番は剃ってつけ髭を使うだろうと言っていた。
『小西さんもやりますか?』
「俺もやろうかな。負けてられないし」
『勝つためにやりましょう』
ヒロキさんはベンチにリュックを置き、棒を持って広場にやって来る。
『止める人が誰もいません』
「俺は無限にやりたいよ?」
『私もやりたいけど明日も稽古です!』
「……じゃあ30分を目処に一旦やめよう。それから本題に向かおう?」
『はい』
これからヒロキさんが言いたいことをなんとなく察している。2人きりで話したい。別れてから今まで決して言い出さなかった。話す時は常に誰かがいた。
己と向き合いながら体の動かし方を確認する。いつもと違うのは誰かがいることだ。彼は立ち姿に華がある。その後ろ姿には凛々しさと人を近づけない殺気があって、ただ棒を振り回すだけでなく客席からの見え方を意識しながら槍を操っていた。
まさに私が好きになった姿であり、今でも尊敬している部分だった。双剣代わりの棒2本も、彼が槍代わりの長い棒を持っていたのを参考にした。
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作者名:あおやなぎ | 作成日時:2023年3月3日 22時