木枯らしを切り裂くような_5 ページ29
「コイツね…。
何なのよ一体…。警視庁の目の前で…」
辺りの様子を確認しながら、
Aの手元で倒れている男に手錠をかけた佐藤。
周囲に倒れ込む被害者、地面に付着した血液。
険しい顔をして佐藤は乱れた息を吐き出していた。
その後ろから駆けつけた数名の警官を目にし、
佐藤と同じように息を乱したまま周囲を見回したA。
切りつけられた被害者は、
周囲の通行人に介抱されるようにして道の端で傷口にタオルやマフラーを当てていて、
Aはその様子に苦しげに顔を歪めた。
その腕からはドクドクと血が滴っていて、
ベージュのトレンチコートの片腕部分はすっかり黒く染まっていた。
「水瀬、コイツに切られたの…？それ――」
『別に、大したことないわよ』
「あのねぇ...それだけ血が出てるんだから、大したことない訳無いでしょ」
『…ごめん、佐藤。ちょっと待って――』
そう言って、
地面に横たわっている男の顔を覗き込んだA。
しかし、失神して目を閉じている様子を見て重いため息をついた。
「え？何か気になることでも――？」
『別に…何でも、ないわ』
「とにかく、もうすぐ救急車も来ると思うから...」
諦めたように男から視線を離し、
険しい表情で眉を寄せたA。
(…この国の――)
投げ飛ばす直前、いや、その瞬間、
耳元でそう、聞こえた気がした。
体勢を大きく崩したことで、
Aにははっきりとは、…聞こえなかったのだが。
しかしそれは、
2年前、新星教団のメンバーが呟いたあの言葉を連想させるものだった。
『…』
「み、水瀬さん…」
心配そうに声を震わせながら近づいてきた椎名。
恐る恐るといった様子の表情で見つめているのは、
Aの切りつけられた腕で。
その瞬間は目にしていなかったようだが、
血が怖い彼にとってはこの現場は今すぐ逃げ出したいものだろうと、
Aはやりきれないような表情を浮かべた。
そして、じわりと口元を緩めて、
『椎名くん。――…ありがと』
と、お礼を告げた。
その声に、
椎名は、悔しさや恐怖や様々なものが入り混じった複雑な表情で小さく首を振った。
それから1分足らずで到着した救急車。
切りつけられた被害者が乗せられるのを目にしながら、
現場に現れた捜査一課の目暮、高木に状況を説明しようとしていたAは、
「何してるのよ...！水瀬も早く手当てして貰ってきて！」
と、何故か佐藤に叱られる形で救急車に押し込められたのだった。
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作者名：white12
| 作成日時：2021年1月7日 18時
