戻るべき場所_10 ページ37
“キュルル…”
Aの方から、
控えめではあるが、はっきりとした高音が聞こえた。
「…!」
空腹、なのだろうか。
小さくお腹に手を当て、
気恥ずかしそうに顔を背けるA。
先ほどまで、真剣に、
静かに、
少し切なそうに、言葉を紡いでいた人物とは別人のように、
動揺するAは、
どこか幼さの残る少女のようだ。
演じている、のだろうか。
それとも…
『…ふふっ』
こらえきれず降谷が笑いを漏らすと、
Aは抗議するかのように、
軽く睨むように、降谷へ視線を向ける。
『お腹、減ってるんですか?』
「ちょっと…お昼食べ損ねただけよ」
『お昼って…もう日付が変わりますけど』
ちらりと降谷が手首に目をやると、
もう23時半を回っていた。
「あなただって、あるでしょ?
色々立て込んで、お昼食べ損ねて、
夜もそのまま食べなかったりすること…」
『分からなくもないですが、
僕は、食事に対する優先度はかなり高いので。
体は資本ですからね』
「…デキる貴方はそうでしょうね」
“安室透”のような爽やかな口調に戻った降谷は、
どこか穏やかな表情を浮かべている。
じろりと降谷を見つめ、
言い訳をするAの姿を見ていると、
先ほどまでの自分の中の葛藤が消え去るような感覚が、あった。
まさか、こんな会話を交わす日が来るとは。
そう感じ、
“安室透”は、ため息交じりの息を吐きながら、
口元を緩めた。
『まだ、少し時間はありますか?』
「え? ええ、まぁ…」
『じゃ、行きましょうか。付いてきてください。』
「え?」
そうして、Aを愛車を止めている路肩へと連れていく降谷。
「え、ちょっと、どこへ行くの?」
『お礼ですよ。』
「お礼って…」
良くわからないんだけど、と、
戸惑うAをとりあえず助手席に押し込むように乗せて、
車を走らせる。
初めて会った頃であれば、
確実に銃を向けられているか、
蹴りを入れられている状況だな、
と、降谷は、不思議な空気を感じながら、
小さく笑みを浮かべた。
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作者名:white12 | 作成日時:2019年7月25日 18時