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冬馬から向けられた視線を、そのまま母へと向けると、
母の隣に居た京香もまた母に視線を向けていた。
嫌々練習する音楽程、苦痛な物はない。
さて、それをどうやって母に(機嫌を損ねず)伝えるか―――だ。
一希が頭の中で思案していると、
帰宅準備にと楽譜を鞄に片付ける京香から 思わぬ助け船が飛び出した。
「佐代子さん、少年の”カノン”はなかなか鋭い音をしていますね」
「うーん、そうねぇ」
京香は幼少期からピアノを習っていたらしく、耳が良い。
勿論、ピアノの腕もかなりの物であり、母の教え子の中ではトップクラスであろう。
その彼女が、お世辞にも耳を潤せるような仕上がりではなかった冬馬のカノンを“鋭い”と評価した。
これには母も、耳を貸さざるを得ない。
「では、次のコンクールの曲は、“カノン”にしましょうか」
母の言葉に、一希は心の中でぐっと拳を握りしめた。
隣を見ると、冬馬もまた、目を輝かせている。
「ぼく、これなら弾けそう！」
「良かったですね。でも、カノンはそんなに単純な曲ではないわ―――
自分で決めたからには、最後まで貫き通す事です」
「ありがとう、お姉さん」
「ふふ、頑張ってくださいね―――。では、私はこれで。
本日もご指導有難うございます、佐代子さん。また学校でね、一希さん」
思わず目を奪われるような美しい所作で一礼し、京香はピアノ室を出た。
嶋家の門前に待機していた迎えのベンツに乗り込むと颯爽と走り去っていく。
「すげ。京香さん―――カッコ良すぎだろ」
冬馬は母と共に意気揚々とレッスン室に向かい、残された一希はピアノの前で、ただじっと車の走り去った窓の向こうを見つめていた。
年齢は、ただ一つしか変わらないというのに、見せつけられる器の違いに、
リフレインではカバーしきれない現実も存在するのだと、
思い知るのであった。
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