逃れられない想いとともに。(4)【松田陣平】 (ページ39)

今日:25 hit、昨日:4 hit、合計:57,376 hit

タバコの匂いページ39

あれから1ヶ月が過ぎた。

米花町で発生した殺人未遂事件の事情聴取を終えた松田は、
警視庁を後にしようとして、
ふと、入口前の喫煙所に目を留めた。

18時。
ここしばらく容疑者の張り込みが続き、
こんな時刻に帰宅できるのは久々だ。
あれから、葵と顔を合わせることも、なかった。

入口から入ってくる外気は冷たい。
今日はかなり気温が低く､吐き出す息が早くもほんのり白く染まっている。
帰宅前に一服するか、と松田は喫煙所に足を向けた。

警視庁内に数箇所ある喫煙所はだいたい刑事で混み合っているが、
入口付近、ここの喫煙所は、この時間は比較的空いているのだ。

ポケットからタバコを取り出し、
喫煙所に入ると、

「…は？」

そこには、見知った顔。
葵がいた。

他に誰もいない喫煙所で、
右手にタバコを持ちながら、
ぼんやりしている。
その目は乾き、
あの日とは異なり、どこか平然とした様子だ。

予想外の遭遇に驚きながらも、
弱々しさを感じさせない様子の葵に、
小さな安心感を抱く松田。

『…あ。
松田さん…』

松田の前で何度も弱い姿を見せてしまったためか、
驚きとともに、少し気まずそうな葵だが、
その場を離れる様子はなく、静かに右手から煙を燻らせている。

「なんでいんだよ…

…あ、例の頭の整理、ってやつか。
こんなところで、かよ」

松田は、
最後に見た葵の姿が気になりつつも、
”自分でちゃんと向き合いたい”と、
目を合わせて告げてきた彼女の言葉を思い出し、
特に詮索するつもりも、
無理に深入りするつもりも、無かった。

『…生活安全課で、
ちょっと話がありまして…
その帰りなんです』

「生活安全課？
まさか、またストーカーじゃねぇだろうな」

写真を送りつけられる、
というストーカーに遭い、
無謀ながらも自身で犯人を特定し、
その相手に自ら対峙していた葵を思い出す松田。

『また…？

…違いますよ？
仕事です。』

また、ってどういう意味ですか？
話しているうちに気まずさは消えてきたのか、
葵は冷静にそう付け加えた。

「あ、い、いや。
アンタ、危ねぇ時間に帰ってっし、
まさか、って思っただけだ」

あの一件は、松田は隠れて見ていただけで、
そもそも、その行為がストーカーと言われれば否定できない訳で。

あの日目の当たりにした、
瞳を潤ませた表情とは、泣きじゃくる姿とは、
うって異なり、仕事モードのような口調の葵を前にして、
慌てるように言い訳めいた言葉を並べると、松田はタバコに火を付けた。