「今までごめんね」 ページ35
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荒くなった呼吸を整えるように、ぐっと下を向く。
そして、思わず息を飲んだ。
のぞむの胸についていた私の両手から、じわじわ墨汁を零したように黒が滲んでいく。
「なにこれ…」
手でこすったら、ますます広がって。
近くのタオルケットを掴んで、拭いても広がっていくだけ。
慌てて離した両手は黒く染まっていて、ああ、私のせいか、なんてどこか冷静に思った。
「A…?」
のぞむの、何度も見た不安げな顔が、涙でぐにゃりと歪む。
「…ごめん、どうかしてたみたい。頭冷やしてくるね」
ベッドから降りて、玄関に向かう。
外は季節外れの雨だった。
傘立てには、もう水を弾かないほど濡れた私の傘と、のぞむの紺色の傘。
私に買ってもらった大切な傘だから、って使うたびに手入れしてたの、可愛かったな。
これがいいや。
「のぞむ、ちょっと傘借りるから」
バサッと開いた傘は、私1人じゃ大きい。
のぞむが何か必死に言っていた気がしたけど、すべて無視した。
階段を下りて、裏道に入り、そこから街にでる。
のぞむが私の後を追ってくると思ったからだ。
街灯の明かり、車のライト、建物の照明。
目が眩むほどに、どこもかしこも眩しく見えた。
ベッドの上で見下ろした時の、のぞむの顔が浮かぶ。
私を見て、怯えてた。
あんな顔、初めて見たな。
そりゃそうか、最悪な上司と同じことしたんだから。
「…つめた、」
足元を見れば、水たまりに入ってた。
ブーツに、雨がしみる。
もう、いいや。何でも。
足を洗いたい、水に流したい。
あんな会社、なんで選んじゃったんだろ。
もっと早く気付いてたら良かったのに。
「ばっかみたい、」
のぞむに心配をかけたくなかった。
だから意味もないのに、嘘ばかり付いた。
でも、何一つ隠し通せた気がしない。
「…Aっ!」
振り向くと、のぞむがいた。
雨に濡れて、びしゃびしゃで。
シャワー浴びた後の犬みたい、ってなんだか笑えた。
『ちゃんと、ちゃんと恩返しする思うんで』
恩返ししたいのは、私の方。
のぞむには、いつも辛い思いばかりさせてた。
だからもう、終わり。
「のぞむ。今までごめんね」
信号が、赤い。
ブーツって、こんなに走りにくいんだ。
のぞむが私の手を掴む。
それを、自分でも驚くくらいの力で振り払った。
のぞむが私を呼ぶ声がして。
次の瞬間、すべてはクラクションとブレーキ音にかき消された。
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藤崎リコナ - このシリーズのお話大好きで、何回も読ませていただいてます!何回見ても泣いちゃいます (2016年10月18日 1時) (レス) id: ee5122baa7 (このIDを非表示/違反報告)
きょうこ(プロフ) - 読ませていただきました!後半から涙が止まらなくて、今顔ぐちゃぐちゃですか 。感動しました。ほかのシリーズも楽しみに読まさせていただきます! (2016年9月22日 17時) (レス) id: 514c52e757 (このIDを非表示/違反報告)
あんぬ - 感動しました!短編での小瀧も楽しみにしています!! (2016年6月20日 12時) (レス) id: 865d5d2189 (このIDを非表示/違反報告)
ちびとら(プロフ) - 途中からどんどん切なくなってきて……もう涙が止まらないです(;_;)でもこのお話大好きです! (2016年2月25日 1時) (レス) id: 97b52757b6 (このIDを非表示/違反報告)
のぞみ - 泣きました!もう、そりゃ、すごい量でした・・・。でも、すごくおもしろかったです!望くんの短編もっと読みたいです! (2016年2月21日 18時) (レス) id: 997f1647f4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:茉莉花 | 作成日時:2015年12月9日 2時