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「一緒に戻ろう。こんな真夜中に外にいたら危ないよ」
「…なんで」
その日初めて口を開いた。
「なんでって、今何時だと思ってるの？いつからここにいるの？」
「、お兄さんにはわかんないよ」
「え…？」
「楽しそうな声、聞きたくない」
多少は響いていたのだろうか。
それとも、想像で言ってるだけか。
なるべく声を抑えるように言ってはいたが、彼の部屋まで話し声が聞こえていたのかもしれない。
「ごめん、夜中に迷惑かけて…でももうあいつら寝たから。部屋に戻っても大丈夫だよ？」
「そういう問題じゃない」
「ならどういう…」
「だからお兄さんにはわかんないって！」
勢いよく立ち上がると、逃げるようにその場から離れようとする。
俺は慌てて追いかけようと腕を掴んだ。
「っ、離せよ！」
「嫌だ。説明してくれなきゃわからないよ」
「説明したって、わかりっこないもん！」
掴んでいた手を跳ね返すように振りほどいた。
行き場をなくした手は、宙をさ迷っている。
「何なんだよもう、めんどくさいなぁ…」
思わず出てしまった言葉に、自分でも信じられない思いだった。
こんなこと言うつもりはまったくなかった。
しかし事情もわからず責められてはこっちだって理解しかねる。
それでも、言うべき言葉ではなかったかもしれない。
智くんは、眉を下げ、唇を噛んだまま、ひどく傷付いた顔をしていたから。
「ごめん、そんなつもりじゃ…」
「お兄さんは、本当に俺のこと何とも思ってないの…？」
「…え？」
今にも泣き出しそうなほど、震えた声で言った。
「今日ここにいたのは、考え事してただけ。お兄さんは何も関係ないし、悪くない。嫌な思いさせてごめんなさい」
「智くん…」
「もともとね、今日嫌なことあったの。だから楽しそうな姿見て勝手にイラついて、それでこんな態度取っちゃって…」
涙を飲むように一息置くと、彼は続けた。
「だから、ごめんなさい…嫌わないで、」
「そんな、嫌うわけ…」
「もう、いい？」
そう口にしたが早いか、彼は声をかける間もなく走り去って行った。
話しかけないほうがよかったのだろうか。
確実に智くんには俺の知らない世界がある。
そして、それに苦しんでいるように思える。
いつか話してくれる日が来るのだろうか。
本当は話してくれる前に気づいてあげたいのに。
俺にはまだそれができる度量がない。
もう少し大人だったらどんなにいいか。
弟みたい、なんて言いながら兄貴ぶってただけで、本当は何の役にも立っていなかったんだろうな。
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作者名：京
| 作成日時：2021年3月21日 15時
