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「はぁっ…はぁ、」
もうすぐアパートに着くってところで息を切らし、とぼとぼと坂道を登っていく。
松岡さん…カズの次に、俺の歌声を認めてくれた人。
あんなにしてくれたのに、恩を仇で返してしまった。
そのことが悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。
おこがましくも、一本メールだけ入れたほうがいいのだろうか。
いや、電話がいいかも。
もう着信拒否されてそうだけど。
人ひとりいない路地を歩き、ようやくアパートの前に着く。
エントランスに入る前に鍵を取り出そうと手間取っていると、後ろに気配を覚えた。
「大野くん、だよね？」
バッ！と勢いよく振り向くと、見知らぬ若い男性がそこに立っていた。
誰！？という疑問が頭の中でぐるぐるとこだまする。
「覚えてない？俺、高校のとき一度告白した…」
「えっ…？」
高校のとき…？
正直、呼び出されて告白されたことはあるが、いちいち全員の顔と名前を覚えてはいない。
あのときの俺はとにかくおとなしくて怖がりで、何でこの人たちは俺なんかを好きだと言ってくるのだろうかって疑問しかなかった。
ずっと俯きながら、早く去っていかないかと思っていた。
「こないだあそこのジャズバー行ったら大野くんが歌っててびっくりしたよ…今日もお店に行ったんだけどすぐ帰っちゃったみたいだから、ここで待ってたんだ」
「ま、待ってたって…どうやって、」
「大野くん、駅で車降りたでしょ？俺はバイクだからさ。先回りしてたんだ」
「なんで、そんなこと…」
「決まってるじゃん。大野くんが好きだからだよ。今の俺、少しはかっこよくなってるかなって思って。よかったらもう一度考え直してくれない？」
なに言ってるの、この人。
先回りって、なんで家を知ってるの？
だいたい、誰なの？
怖い…やっぱり、翔くんと一緒に帰ってくればよかった。
「っ、やだ！！」
まともに会話なんかできるはずもなく、走り去ろうとするも、即座に腕を掴まれ引き止められる。
「待ってよ、話の途中なんだけど」
「いやっ…いやだ、離して…！」
「そんな嫌がられると傷付くんだけど。俺の何が嫌なわけ？教えてよ」
「やだ…っ、翔くん、！」
腰に回ってきた腕が絡み付いて、泣きながら胸を押し返そうと試みる。
頭の中は翔くんのことでいっぱいで、早く会いたくて、必死に腕の中でもがき続ける。
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作者名：京
| 作成日時：2020年8月16日 14時
