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「お前は本当に才能があるし、育てれば確実に売れる。どうする？この場で決めてくれないか」
「この場で、ですか…」
「もうだいぶ待ったはずだ。将来のことだから決めかねているのはわかるが、その気のないやつに付き合っている暇はない」
まだ、終わって間もないのに、この先のことを決めろだなんて無茶にも程がある。
それに、翔くんにもしっかり話せていない。
この場でなんて、絶対に無理だ。
「松岡さん、俺…」
もう断ってしまおうか、そう告げようとしたとき、最寄りの駅に着きキッ！と車を停車させた。
「で、どうする？」
降りる前に、松岡さんからはだめ押しの一言。
ぎゅっと拳を握りしめると、泣きそうな顔で彼のほうを見た。
「あの、俺…どうしても、まだ…」
「じゃあいいよ」
「え…？」
「即答できないやつに興味はない。歌手になりたいやつはこの世にごまんといるんだ。中にはお前より才能のあるやつもたくさんいる。チャンスを棒に振るならそれまでだ。降りろ」
「っ…！」
当たりの強い言葉に、顔を歪ませる。
涙を堪えながら急いでバッグを取り車を降りると、挨拶もさせてもらえないまま、ロールスロイスがスピードを上げて走り去ってしまった。
これで、よかったんだ。
だってこうすればまた、いつも通りの日常が戻ってくる。
『駅に着いたよ』
翔くんにLINEを送って、しばらく駅の柱に寄りかかった。
よかったはずなのに、悔し涙が溢れるのはなぜだろう。
あんなに頑張ったのに。
控えめな自分が、お客さんの前で３回も歌ったのに。
断れば、一瞬で信頼関係は崩れ去った。
これがプロの道なのだろうか。
褒めてくれるのは最初だけ。
みんなだんだんと物珍しさがなくなって、最後にはまたあいつか、なんて思われながら歌うしかないのかもしれない。
堪えきれなかった涙が頬を伝う。
こんなに悔しいのは初めてだった。
翔くんがもうすぐ来てしまう。
でも、涙が止まる気配はない。
彼に事情を知られたくなくて、俺は急いでLINEを後追いで送信した。
『まだ時間早いし、やっぱりひとりで帰るね。飲み会楽しんで！』
気遣う言葉を打ったつもりだけど、本当は自分のかっこ悪いところを見られたくないだけ。
俺は彼の返信も待たずに、急いで駅から離れようと走った。
家までの坂道もずっと走って、その間も涙は止まらなかった。
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作者名：京
| 作成日時：2020年8月16日 14時
