君の五臓六腑まで愛してる (ページ29)

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遠のいていく意識の中で、うっすら野球部の金属バットの音だけが聞こえたから、
多分、野球ボールか何かが。

走馬灯もなんも見えなかった、一瞬の眠りだった。
意識が戻ったとき、ただ後頭部がずきずき痛む以外には違和感もない。

私は比較的落ち着いた気持ちで、そっと目を開けた。
白い天井。
保健室？

「A！」

叫ぶような大声に、また頭をぶたれた気分だった。

視界の右下からぬっと現れたのは、見慣れたヘチャンの顔、
と、大粒の水滴。

「A！起きたの！聞こえるよね！？A！」

脳にガンガン響く声。
私の頬にぽたぽた落ちる冷たい雫。
じんわり赤く染まった、ヘチャンの両目から。

一度目を瞑って、考えた。
これどういう状況かな？

「A！」

また叫ばれた。肩も揺らされる。
はっと目を見開いたら、A！俺を脅かさないで！って。

ゆっくり体を起こすと、ヘチャンが私の肩を支える。
辺りを見渡すとここは病室みたい。
周りのベットに寝そべる患者が、迷惑そうに私たちを見ていた。騒音。

病院に運ばれたの？そんな大けがかな？
思わず自分の頭を押さえると、包帯が巻かれていた。ていうかそんなことより。

目の前でぼろぼろ泣いてるヘチャンを見た。
ひっきりなしに鼻をずびずび鳴らしてる。背中を丸めて、私の手を握って。

「A、ヘタクソ野球部がAの頭にボールを当てて、倒れたんだよ？救急車が来ても目覚めないから、俺もう、心配で心配で」

握った私の手を自分の頬に当てると、また目をぎゅっと瞑って、その目尻から大粒の涙をこぼした。

「A、俺の声が聞こえてるでしょ？」
「あ…うん…」
「虚ろな目して、そんなに痛いの？」
「…」

「…まさか」

ヘチャンははっと目を見開いて、自分の口を手で覆った。

「俺が、分からないんじゃ？」

そう言ってから絶句してる。

「A、衝撃で記憶が…？そうなの？」

唇を巻き込んで、首を小さく横に振ってる。
はあって吐き出した息と一緒に鼻水が出て来る。子供みたい。

「大丈夫だよ、A、俺がついてるから。お前が何もかも忘れても俺はずっとそばにいるよ」

ベッドの横のテーブルにティッシュ箱があったので、一枚取ってヘチャンの鼻をつまむ。
かっこいい顔が台無し。

「ん、やっぱりAは記憶をなくしてもやさしい…」
「なくしてないよ、ヘチャニ」

ぱっちり開く両目。

「忘れるわけないでしょ。泣き止んでよ」

そう言ったのに、またうわああんって声を上げて、
腰を上げて私を抱きしめるヘチャン。さすがに大げさすぎる。