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「………よし、」
またね、と言って出ていったソイツの後ろ姿をぼんやりと眺めながら体力が回復するのを待ち、ゆっくりと起き上がる。
気怠い体をなんとか動かし楽屋に戻ればすでに2人は帰ったあとのようで、エアコンも電気も消えていた。
仄かに香る山田の香水の匂いとその中に混じる伊野ちゃんの制汗剤の匂いに少しだけ顔をしかめながら薄暗い部屋の中を進んでいく。
部屋の隅に置かれていた鞄から手探りで取り出したカッターをそっと手首に押し当てれば手が震えているせいか狙っていた所とは違う場所に刃先が刺さったのがわかる。
ポタポタと自分の手首から滴る血液を初めて見たときはとても綺麗なモノのように思えたのに、今は全部が汚くて仕方がない。
「……バカだなぁ」
今更綺麗になんて、なれるわけがないのに。
もしも"次"があったとして、全てがリセットされたとしても、今までの記憶は決して消えてはくれない。
積み重ねてきた時間を無かったことになんて、出来ないのだ。
だからずっと俺は汚いままで、
伊野ちゃんのように綺麗なまま、山田に愛されたいなんて望んではいけない。
「……ごめんね、」
次こそちゃんと好きなヒトの幸せを願える自分になってみせるから。
もう少しだけ、山田のことを好きでいさせて。
心を落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸をすれば少しずつ震えが止まっていくのがわかる。
いくらか冷静になった頭で確実に狙いを定め、思いきり刃先を左手首に突き刺せば予想通りの痛みが走り、自然と口元が緩む。
「…あはっ!…ははっ…!…」
いつもそう。
命の終わりは随分と呆気ないもので、このまま目を閉じればもう二度とこの世界の俺の瞳に何かが映ることはない。
それなら最期にもう一度だけ、お前の笑う顔が見たかったよ、山田。
「………はぁ、」
もはや何度目になるのかすらわからない朝。
今回もダメだった、とため息をつけばもう何もする気になれなくて今回はこのまま終わらせてしまっても良いのではないかと思えてくる。
これだってきっと永遠ではない。
もしかしたらあと数回で終わるのかもしれないし、まだ数十回続くのかとしれないと考えれば1度ぐらい何もしないのもありだろう。
「…………いや、さすがにそれはダメか」
とりあえず今回の山田に会ってからにしよう、と重たい体を動かし支度をすれば再び"今日"が始まるとともに何かが動き出めた音が聞こえたような気がした。
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やぶありLOVE(プロフ) - 更新お願いします! (2019年7月5日 5時) (レス) id: a774dd9b98 (このIDを非表示/違反報告)
柚夢(プロフ) - ありさん» ありさん、はじめまして!コメントありがとうございます。お返事遅くなってしまい、申し訳ありません^^;訳あって暫く更新が停滞しておりましたが、これからまた少しずつ更新していけるかと思うので最後まで楽しみにしていただけると嬉しいです! (2018年9月4日 23時) (レス) id: e7612f0310 (このIDを非表示/違反報告)
あり(プロフ) - いつも楽しく拝見させて頂いてます!これからの展開がとても楽しみです!更新頑張ってください´ω` (2018年8月16日 12時) (レス) id: 9b6fba23c4 (このIDを非表示/違反報告)
柚夢(プロフ) - やまありラブラブさん» やまありラブラブさん、こちらにもコメントありがとうございますー!!最後はちゃんとやまありになるのでご安心下さい(笑)今後も完結まで楽しんでいただければ幸いです(^_^) (2018年5月21日 20時) (レス) id: e7612f0310 (このIDを非表示/違反報告)
やまありラブラブ(プロフ) - ホシアイの方でコメントさせていただいた者です。こちらも、切なくなりながら、拝見させていただいてます。これからが、今後の展開が、とても気になっています。楽しみにしているので、頑張って下さい。 (2018年5月21日 15時) (レス) id: 556ce3724e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:柚夢 | 作成日時:2018年5月6日 23時