春王 (ページ2)

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「ね、これ落としたでしょ？」

振り向くと優しそうな顔の男の人だった。差し出されたのは

「あ！！スマホ！！」
「よかった！！」

ほっとしたようにふにゃりと笑うその顔に、私は固まった。

この人、可愛い…

受け取って何度もお礼を言うと、いいよいいよと笑ってくれた。

「ちょうど屋台からスマホ落とすとこ見えたから追いかけてきた」
「え、屋台はいいんですか？」
「後輩の店に顔出してただけだからいいんだよ～
ね、それよりキョロキョロしてたけどひとり？迷子さん？」
「あ、そうなんです！実は知り合いとはぐれちゃって…」

そう言いながらスマホを開くとすごいメッセージ通知の量だった。
もちろん全て川上さんの。
最新の通知には、とりあえずアイリッシュカフェで待っていると書いてあった。

「アイリッシュカフェ…」
「あ、そこ知ってるよ。そこまで案内してあげる～」

流石に悪いと思って断ろうとしたけど、こっちだよと指を指す彼のキラキラした表情をみて、とても断れなかった。

「こっちの道が空いてるよ、こっちこっち」
「ここのチュロスが美味しいんだよね」
「こっちのたこ焼きは微妙」

その人の楽しい案内で、私は沢山笑った。
東大の建物についても教えてくれた。図書館には立派な階段があるとか、三四郎池は夏目漱石にちなんだものとか…時にはその分かりやすい解説に聞き入った。
あっという間に建物の前についた。

「ここの2階の一番奥の教室だからね、俺はサークル行くわ」
「ありがとうございます！」
「楽しんで」

さらりと立ち去った後ろ姿が爽やかだ。
そういえば名前も聞けなかった。

さすが東大…知的な人だったなあ

「あーーーみか！！」
後ろから川上さんの声がして振り返った。
「よかった…地図読むの苦手だったから心配してた」
「ね！すごい男の人が連れてきてくれたんよ！」

「すごい男の人？」

少し戸惑った顔の川上さんに、その人の話をした。
しかし、川上さんは「ふーん…」と素っ気ない返しだった。
「名前ぐらい聞けばよかったよー」
「連絡先とか聞かれんかった？」
「うん、誰だかわかんないんよ…」

不意に顔を覗き込まれる。川上さんの目が真っすぐ合ってドキッとする。

「いい人ばっかじゃないから。気つけなあかんよ？」

驚いて思わず頷くと、ん、と川上さんは目の前に手をだしてきた。

「ん…？」
「もうはぐれんようにね」

子供の頃みたいで、恥ずかしかったけど許した。彼は耳まで真っ赤だったから。