少しの覚書 ページ2
曾祖母が死んだ。
私はそれを、土曜日の朝、ゆるやかな微睡みの中に聞かされた。縁のある人が死んだ、という言葉は何度聴いても慣れないもので、私は思わず、生半可に覚醒していた意識を、そのまま深い眠りの底へエイヤと放り投げた。
次に目が覚めてから、私はその事実を改めて認識した。しかしそれが私の夢なのか現なのかははっきりとせず、葬儀の予定を報せる母からの連絡で、漸く夢ではないことを知った。
それから少し経った今、なんだか寂しくなってこうして覚書を綴っている。酷く悲しい。私が覚えている曾祖母との思い出は、数少ない。それも私がとても幼いときのもので、大正琴を弾いてみせて貰ったり、地元の祭りに行くのに浴衣を着せて貰ったり、はたまた部屋の大掃除を手伝ったり、奥の部屋で宴会をする祖父たちの元へ共にビール瓶を持って行ったりしたことくらいだった。私が中学にあがる頃に、曾祖母は認知症を患ってしまって、私のことはすっかり忘れてしまっていた。その症状は日に日に酷くなっていき、遂には祖父、つまり曾祖母の息子のことも忘れていた。彼女は記憶の中に生きていた。老人ホームで私に話しかける彼女は、少女として、彼女の故郷に生きていた。
彼女は既に、曾祖母ではなかったのかもしれない。少女へと返った彼女の人格は、私達の知る彼女ではなかった。その意味では私の曾祖母は、もっと早く、認知症を患ったあの時に、喪われたのかもしれない。しかしそれでも、曾祖母の身体は今日、生命活動を終えた。
今日、曾祖母が死んだ。
続く
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作者名：山田 | 作成日時：2019年9月5日 2時
