72 続 ページ7
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「君の言いたいことも分かるが…」
さっきまでの私のように、庭先に視線を投げ掛けた。
「…ブチは屋敷にいる間、言葉は通じなくとも俺たちに寄り添い気遣い、時には慰めてくれた。
獣だというのに優しく、とても愛情深かった。
…温かい心は、犬ながらにも間違いなくそこに存在していた」
ブチとの日々を思い出しているのかな。
庭の石を眺めているようでいて、もっと向こう遠くを見ているようだった。
「……俺は信じている」
ゆっくりと、視線がまた戻ってきて。
「姿形が変わろうとも、心の本質は変わらない。
ブチの中に感じた優しさを、俺たちに与えてくれていた情の深さを──俺は、信じている」
夜の中だというのに、杏寿郎様の目は焔のように赤い光を孕んでいた。
メラメラと燃えている音でも聞こえてきそうなくらいだ。
熱い瞳で見詰められていたら、どうしてだろう、私の胸まで熱くなって来た。
「………、」
上手く言葉が出てこなくて、唾を飲み込んだ。
聞いたくせに、なんて返したらいいかが分からない。
胸どころか体や顔まで熱を持ってきた気がする。
「A」
膝の上に置いた手をぎゅっと握りながら、杏寿郎様は改めたように向き直って来た。
「もし君が嫌でなければ、この屋敷でずっ──」
「Aさぁあん」
ふにゃぁ…と気が抜けるような泣き声がして廊下を見ると、開きっぱなしだった襖の横にいつの間にか千寿郎さんが立っていた。
「千寿郎さん？」
まだ起きてたの？それとも寝ていたけれど起きてしまったのかな。
ここまで来るなんてどうしたのだろう。杏寿郎様を探しに来たのだろうか。
千寿郎さんは目をこしこしと眠そうに擦っている。
「どうされましたか？」
「…一緒に寝てくれませんか…」
「あら…」
添い寝をせがまれちゃった！
これってもしや杏寿郎様の言っていた「赤子返り」というやつだろうか。
一緒に寝るようになっていたブチが戻って来て、また同じ布団で寝たくなってしまったのかな。
「何を言っているのだ千寿郎！Aはもう犬では無いのだぞ！」
注意はするものの杏寿郎様は叱るに叱れない、といった困った顔をしている。
夜な夜な泣くって心配してたものね。
「…いいですよ」
「A！？」
「千寿郎さんのためなら、私は構いませんから」
驚いている杏寿郎様に目配せをしながら立つと、千寿郎さんの背をそっと押しながら、「行きましょうか」と声をかけて寝室に向かった。
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作者名：皿 | 作成日時：2022年10月2日 15時
