り ページ33
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ぽこん、と、膨らんだお腹に、前触れもなしに小さな震えを感じた。
「あ…動いた！」
「よもや！？」
お腹の子が動いたんだって、すぐに分かった。
二人で驚いているうちに、今度はぐーっと、内部から押し付ける感覚に皮膚が張る。
「押してる…手かな？…足かな？」
「どこだ？」
「ほら、ここ…この出っ張り…触ってわかる！」
「どれどれ──」
杏寿郎様の手が、着物の上からでも分かるくらいの出っ張りに、そぅっと触れた。
出っ張りは引っ込むことも無く、ぐっと押し付けられたままだ。父親に似て力強そうな子だ。
「…千寿郎の時を思い出すな」
「母上様のお腹に、こうして触らせてもらったんですか？」
「…分からない。触ったような気もするが、夢か記憶違いかもしれない」
しゅん…と杏寿郎様の眉が下がった。目には子に対する慈しみを称えているのだけど、眉の下がり具合で、いくらかの哀しみを含ませているのが伝わってくる。
母上様のことを思い出しているのだろう。
千寿郎さんがお腹の中にいた時、杏寿郎様は…7歳くらいか。
夢か現実だったかも分からないくらいに、昔のことになってしまったんだね。
「あの…Aさん、兄上、…おれも触ってみていいですか？」
おずおずと、千寿郎さんが話しかけてきた。
杏寿郎様と顔を見合わせて、異論は無しと、二人で頷いた。
「もちろんいいよ、触ってあげて！きっと喜ぶと思う！」
「わぁ…ありがとうございます！」
興味がありつつも、杏寿郎様のよりも、もっと怖ごわとした手付きで千寿郎さんがお腹に触れる。
「本当に動いてる…」
「分かる？」
「ぐりーって、移動していきます…不思議です。…また動いた！」
生命の神秘に触れている千寿郎さんの顔は、真剣そのものだ。
杏寿郎様も、こんな表情をしていたのかな？
「そんなに動いてるのか？俺ももっと触りたい！」
「そう焦らずとも、また動きますよ」
「また俺がいる時とも限らないだろう！」
「生まれれば、いくらでも触れられますって」
杏寿郎様は触り足りないとそわそわしてるし、千寿郎さんは姿の見えない赤子にわくわくだ。
つい荷物もそっちのけで、玄関でみんなできゃぁきゃぁとはしゃいじゃった。
そのうちに「そんなところに長居してたら体が冷えるぞ！飯はどうした！」と、言葉遣いは雑だけど、気遣いを隠し切れない声が居間の方から聞こえてきて、3人ではぁいと、元気に返事をした。
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作者名：皿 | 作成日時：2022年10月2日 15時
