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寝室の襖を開くと、足を崩しかけた杏寿郎様が、私を見るや慌ててまた正座し直していた。
もしかして、ずっと正座をして待ってたの？
足痺れてるだろうなぁ。崩して待ってくれててよかったのに。
「お待たせしました」
湯船で丹念に清めた身で、向かいに座ってみた。
お父上様に散々罵られるバカ犬だけどさ、これから何をするかは、さすがに分かってるよ？
杏寿郎様は膝の上に手を置いて動かない。頭の先からガチガチに固まってる。
「……A」
「はい」
「俺はAと夫婦になって嬉しい！」
「知ってます」
何を言い出すかと思えば。昼間同じこと言ってたし。
物好きだよねぇ…元犬と結婚だなんて。どんな趣味なの。
つ……と杏寿郎様の右目が横に逸れた。手がもじもじと膝の上で居心地悪そうに動いてる。
「Aは…その…どう思っている」
「どうとは？」
「婚姻の申込みを…その…」
何この杏寿郎様。今更それ聞いてくる？自信なさすぎでしょ。
横に逸れていた赤い目が、申し訳無さそうに今度は下を向いた。
膝の先を、何もなさそうなところを見ている。
「同意を得たとはいえ、少々強引だったと自負している」
へえ、自覚あったんだ。まぁ命令形だったし、私の癖を利用したようなものだしね。
「だがどうしても、君を失いたくなかった」
下がら持ち上がって戻ってきた瞳は、強い意志を宿していて。
「この家に、繋ぎ止めておきたかった。……どうかその気持ちを分かって欲しい」
「杏寿郎様」
切実な物言いにたまらず、握られていた手を強引にとった。
岩のように固まっていて、手の中は汗でびっしょりだった。
「確かに私は婚姻の申込みに、すぐに承諾はしませんでした。私のような者が、煉獄家の名を貰う立場に無いと迷いがあったからです。
もっといえば今でも、婚姻以外にも、煉獄家のお側に仕える方法はあるのではないかとすら思っています」
「！」
杏寿郎様の顔が強張る。拒絶でもされるのかと恐れているのだろうか。
「犬だった時から、自分は煉獄家には相応しく無いのだと自覚していました。野良でしたし、教養も品もありませんし、生まれも名家でもない。──でもね、」
握った手を大切そうに包み直した。そっと、自分の胸元へと引き寄せた。
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作者名：皿 | 作成日時：2022年10月2日 15時
