79 続 ページ17
.
「…そうだったんだ」
言われてみれば、最近千寿郎さんが鍛練をしている姿をあんまり見て無いな…気にしたことなかったけど。
「ごめんなさい、私気付かなくて…」
無神経なことを聞いちゃったかな？
煉獄家にも、まだまだ私の知らないことがあったんだね。
「構いませんよ、おれから聞いたことですし」
千寿郎さんはどこか寂しそうに微笑む。
「色は変わらなくても、呼吸の継承は試みるんですか？」
「いえ…剣士になるのは諦めました」
「…そっか…」
そうだよねぇ…煉獄家の男子だもの、それなりに稽古をしてきた筈だ。
なのに刀の色が変わらなかったのは……失礼ながら、よっぽど向いていないのだろう。
「杏寿郎様には話してあるんですよね？」
「それが…まだなんです」
千寿郎さんの顔が曇る。髪をとかしていた手も止まった。
大切なことなのにまだ話して無いなんて…。
きっと不安なんだ。大好きな兄上の期待に応えられないことを、伝えるのが。
「時間がある時に、ゆっくり話したらいいですよ。大丈夫、きっと受け入れてくれます…杏寿郎様は優しい人だから」
犬だった私を受け入れたように。
人間になった私を、受け入れたように。
千寿郎さんの決断も、きっと。
「おれもそう思います。兄上なら、きっと許してくれる」
どこかホッと、安心したように見える。
決心がついたのかな。
「人にはどうしても、向き不向きがあります。
それは悪いことばかりでもなくて、千寿郎さんに向いてない事があるということは、千寿郎さんにしか向いてない事もある、ということだと思います」
それがなんなのかは、まだ分からないけれど。
「刀に触れない道なんてごまんとありましょう。
その中から千寿郎さんに合う道が、進みたいと思える道が、いつか見つかるといいですね」
「Aさん……」
じ〜ん…と響くものがあったようで、千寿郎さんの目の回りに赤が浮いてきた。
また泣かないでよ？
「千寿郎さんが刀を握っていても、いなくても、私は千寿郎さんの作るお料理が好きですし、こうして千寿郎さんとのんびりするのも、お散歩するのも好きです。
もっといえば千寿郎さんのことも、ずっとずっと大好きですよ！ 」
「…ありがとうございます！
おれも、Aさんが大好きです」
縁側に寝転がりながら言うことじゃ無かったかな。
それでも千寿郎さんはまた私の髪を解かし始めながら、にっこりと、嬉しさを隠さず笑ってくれた。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 29人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：皿 | 作成日時：2022年10月2日 15時
