一時だけでも幸せを (ページ1)

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別れの音ページ1

『兄様!!お願い!!』

自分を抱きしめる腕の中、幼い少女は青年の胸に顔をうずめ、泣き叫ぶ

『お願い!!行かないで!!……

一人にしないで!!』

青年は、少女を抱きしめ悲痛な表情を浮かべながらも首を縦にふろうとはしない

「すまない……愚かな兄を許してくれ」

『嫌!!……嫌です!!』

強く強く抱きしめられた腕に少女は悟る

この兄はいくら自分が懇願しようと行くのだろう

「いいかい？……何を聞かれようと、知らないと答えるんだ……そうすれば、お前は罪に囚われないだろう」

大粒の涙をボロボロと落としながらも、首を何度も縦にふる少女に、青年は悲しそうに微笑みながら少女を一段と強く抱きしめた

「忘れないで…何があろうとお前は…この私の…愛しい妹だ」

『兄様……』

雨が響く部屋の片隅
暖炉の明かりの中、二人は涙を流す

もう止められない
幼いながらも少女は覚悟を決めた

『兄様こそ…忘れないでください…』

「………」

『私が…兄様が何をしようと…兄様を嫌うことはないと……』

だから

『兄様が信じた道を進んでくださいませ』

「すまない……お前は賢い子だ……」

二人は涙を隠そうともせず、お互いの額に口付ける
この兄妹だけのおまじない
お互いの幸せを願うもの

『兄様の教えは忘れません。だから……安心なさってください』

青年はもう一度少女の額に口付けると、立ち上がり、少女から離れていく

数分後、部屋の窓から外を見ると、ちょうど兄が屋敷を出ていく所であった

『どうかご無事で……』

後ろ姿を眺めながら、少女は祈る

だが、運命は残酷にも幼い少女を悲しみへと誘う

それから、兄が屋敷に戻ることは二度となかった

五歳となって初めての夏の出来事であった