忘れたいくらい好きだった【呪術廻戦】

21-ラストチャンス ページ22

.


五条悟


.






デート、と聞いた時は怪訝な顔をしていたAだけど、プランの一つ目である動物園に辿り着いてからは目を輝かせていた。ちなみに夕方に滑り込んだので、後1時間くらいで閉園だ。


Aは「わー！」と頬を紅潮させてレッサーパンダに駆け寄っていく。





「もふもふしてる！かっわいい」





可愛いって言ってるお前の方が可愛いわ、なんて浮かんだ言葉は飲み込む。

Aは毛繕いをするレッサーパンダに釘付けになっている。柵に身を乗り出し、制服のスカートが風でふんわりと揺れる。

その光景を少し後ろから見守る。


こんな風に楽しい思い出をつくって、
忘れたくないと思ってもらえれば……。

きっとこれがラストチャンスだ。

Aは今はアポロを食べることによって奇跡的に味覚から僕を思い出しているけど、明日はどうなるか分からない。僕の出張もあって結構長い間会わなかったから、明日はアポロを食べても思い出してくれないかもしれない。



……そんなの、嫌だから。





「せんせ！次、あっちの方行こうよ！カピバラがいるんだって」

「まぁた毛むくじゃらのやつ見に行くの？」

「だって可愛いじゃん！もふもふしてて」

「うちの学校にも毛むくじゃらのパンダいるじゃん」

「それとこれは別！」

「あは、パンダ振られてんじゃん」





軽く振られたパンダを鼻で笑っていれば、いつの間にかカピバラの方へ向かっていたAが「はやくー！」と手を振ってくる。

わかったわかった、と口パクで返事し、歩いて進んでいく。

それでも待ちきれなかったらしいAが、小走りでこっちに戻ってくる。

「あと1時間しかないんですから！急いでくださいよ」と僕の腕を取ってまた小走りで引っ張っていく。

腕に当たる柔らかな感触。
……え、何のご褒美ですか？
僕は心を無にして真顔で走った。





「カピバラだー！かわいい！」





カピバラコーナーに辿り着くと腕を解放されて少しの寂しさを感じる。

Aは先程と同じように柵に寄りかかってカピバラの親子を見守っている。

顔だけでこっちを振り返って言う。





「先生、ありがとう！すごく楽しい」





最高の笑顔を見せてくれた、のに。
君は決して願ってくれない。
僕のことを忘れたくないと。

これ以上の笑顔を引き出せないと、きっと願ってくれないのだろう。


絶対に忘れたくないと思わせてやる。
Aの最高の笑顔を胸に刻み、密かに決意した。






.

22-先生→←20-迷子の恋心

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す