【文アル】文豪のみぞ知る文豪 (ページ10)

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#１０ページ10

「A、本当に……？」

「うん、何なら飲み会の席での恥ずかしい話でもしてあげようか？ほら、珍しく私が悪酔いした日の――」

「やめろ、その話は駄目だ。……よく来たな、歓迎するよ。また会えて嬉しい」

「うん、私も嬉しい。多喜二が元気そうで、よかった」

それから雑談をしていれば、ふいにコツリと床と靴がぶつかる音が聞こえた。

やけに耳の奥に響いたその靴音は再び聞こえ、一定のリズムでどんどんこちらへ近付いてきている。なんのホラーかな。

多喜二の顔を見れば、彼の視線は私の背後の開けた場所へ向けられていて心なしか犬みたいな表情も追加された気がする。まるで、そうだな……ご主人様を発見した忠犬みたいな。

「あ、やっぱりここに居たのか。多喜二、そろそろ潜書だぞ」

「直哉サン、わざわざすみません、ありがとうございます」

「おう、いいってことよ。……ん？なんだ、迷子の相手してたのか」

「迷子なんて歳じゃないですぶん殴りますよ」

「おわ、怖ぇな」

じろりと睨み見上げれば白を基調とした物語に出てくる王子みたいな恰好の男性は肩を竦めた。

うわ、また美青年だ。ここには何人の美形が居るんだろう私の目が肥えてしまう。

立ち上がるとカチャリと複雑なベルトが音を発した。

「多喜二、またね」

「どこに行くんだ？」

「ふらふらと放浪するよ。大丈夫、逃げないから」

「……逃げるとは思ってない。それよりも直哉サンに自己紹介だ」

そそくさとこの場から去ろうとして失敗。直哉サンとやらに自分の名を明かすまで逃がさないと言いたげに掴まれている腕に渋々、口を開く。

てか直哉サンって凄く聞き覚えのある名前なんだけど。

「真泉A、童話から大人向けの小説まで多種多様に書いていた才能有る物書きだよ」

「志賀直哉だ。俺のことを小説の神様なんて言う奴もいるぜ。久々だなA」

「すんません記憶にないです」

「おま、そりゃねぇだろ…」

大胆不敵に笑ったその顔から眼を出来るだけ逸らしながら明け透けな嘘を言うと苦笑いに変わった。

きっとこの嘘を楽しんでいるのだろう。だって、志賀直哉(彼)なのだから。

「嘘吐きの口はこれかー？」

「いひゃいっすひがはん(痛いっす志賀さん)」

「直哉サン楽しんでますね」