【文アル】文豪のみぞ知る文豪 (ページ15)

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#１５ページ15

「起きて、A」

耳元で吐息と共に吐き出されたその言葉は沈降していた私の意識を僅かに浮上させた。吐息がやけに鬱陶しくてくすぐったくて色っぽくて、もぞもぞと身動ぎする。

まだ、寝ていたい。泥沼のような微睡みに沈んでいたい。

そんな私の思考を察してか、やれやれ、と呆れたような溜息を吐く気配がした。

「起きないと、うぅん、そうだな…―――」

至極優しげな声が、耳元で囁かれる。

「―――食べちゃうよ？」

ぞくりと背中が粟立つ。ゆっくりと瞼を開けると、綺麗な、男の人が。

食べるって、私はまずいと思うんだけどなぁ。寝惚け眼で男性の顔を見詰め、案外近かったその顔を迷う事なく、殴った。

「いたっ、ええ、なんで…？」

寝起きで力の籠められていない拳を頬に受けた男性は言う程痛くなさそうにしている。

「人の、部屋に…断り無く、入るから……」

もごもごと喋り、上半身を起こす。窓からは夕陽が差し込んでいて部屋を橙色に染め上げていた。

寝ている時に乱れた髪を手櫛で適当に整え寝台から抜け出すと男性は少し拗ねたような顔をして廊下へと出て行く。その姿を見詰めているとちょいちょいと小さく手招きをされた。

着いてこい、という事らしい。隣に並んで立つとにこりと微笑んだ彼は恐らく生前交流のあった人なのだろう。少しだけ懐かしく感じる。

「司書さんがね、今日はAが来てくれた祝だと言っていつもより豪華な晩御飯にしていたよ」

「ふぅん、来たとはいえ役に立つのか分からないのに祝うんだ」

「多分こんな男ばっかりの所に女性が来てくれただけで司書さんは嬉しいんじゃないかな。あの年齢は欲求不満になりやすいからね」

「……私、書けるけど実践はちょっと……」

「はは、安心して、そんなの僕が許さない」

やはり彼はにこにこと笑っていたが、今度は目は全く笑っていなかった。寧ろ殺気が漂っている。怖い。

そんな話をしている間に、彼の名前を聞く事無く食堂とやらに着いてしまった。

じゃあまた後でね、と言って一つのテーブルへと向かって行った彼からは煙草のにおいがした。