きらきら星変奏曲 ll

7.Atsuto side ページ7

あちこちから上がる怒号
其処ら中で零れる溜息

ロビーにある大時計を見上げれば、既に開場時間を大幅に過ぎていた。






篤「…？」






だが、ホール内へと続く扉はまだ開かれていない。

それどころか、ひしめき合う人々の手には真っ新なままのチケットが握られている。






篤「…」






インカムを着けたスタッフたちは抗議する客たちの対応に追われ、慌ただしくロビー内を行き交っていた。






何かがおかしいーー






初めて見たその光景に、

背筋から寒気がするような 嫌な予感がした






〜♪〜♪



ポケットの中のiPhoneを取り出そうとした瞬間、ロビーに設置されたスピーカーから単旋律のメロディが聞こえた。

ドイツ語のアナウンスの後に流れてきたそれに、ドクン と重たく鼓動が鳴る。






『会場の皆様にお知らせ致します。

篠崎Aの体調不良により、本日の公演は中止とさせて頂きます』






咄嗟に思い出すのは今朝の彼女で。

お腹に手を添えれば幸せそうに笑って見せた、彼女のあの穏やかな顔で。






『チケットの払い戻しなどに関する情報は追ってアナウンスさせて頂きます。

ご来場の皆様には多大なるご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした』






騒然とするロビー内の雑音も耳に入らない

ただ一秒一秒現実味を帯びてゆく嫌な予感に、背筋が凍って動けなくなった。






彼女は？

ただ、悪阻が少し酷くなっただけだよな？



お腹の子は？



いま、二人は何処に居る？






篤「…、」






目的地もわからずに走り出そうとした瞬間、

不意に、ポケットの中のiPhoneが震えていることに気がついた。






ーー着信-松原隆治



松「内田さん！今すぐ来て下さい！

Aちゃんが、……Aちゃんが…っ！」






人混みに押し潰された花束から

ハラハラと花びらが散ってゆく






篤「…っ、」






人と人の隙間を力づくで掻き分け、走る。






走る






ーーーtrauervoll…



＜私は、きらきら星変奏曲聴かせてあげたいな＞

＜モーツァルトの曲。小さい頃、いつもお母さんが弾いて聴かせてくれてたの。いつかは私もこんな曲弾けるようになりたいって、必死にピアノ練習したりして＞

＜だから自分がお母さんになったら、今度は私が弾いて聴かせてあげたい＞



ーーー






あちこちに残された泥塗れの水溜りが、

大きな水しぶきを上げたーー

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