きらきら星変奏曲 ll

50.Atsuto side ページ50

篤「ごめんな。痛かったっしょ」






ピアノ椅子に腰掛けると、ぎぃとスプリングが軋む音が鳴る。

当たり前のように弾ける気がして、右手を鍵盤に乗せてみると、いつの間にか伸びきっていた爪が黒鍵にカチッとぶつかる音がした。






篤「お前のご主人さま、今ちょっと混乱してんだよ。許してやって」






壁掛け時計の秒針の音がする。

遠くから微かにクラクションの音がする。

パキっと壁が軋んだ音する。






ーーtrauervoll…



＜リクエストはありますか？＞



ーー






耳奥で愛しい音色が、聴こえた気がした。






ーーtrauervoll…



＜本当に弾くの？＞

＜まじだって＞

＜音階は分かる？ここがドで＞

＜…ねぇ、馬鹿にしてんの？＞

＜…ごめん。笑＞



ーー







いつか此の椅子に隣り合わせで弾いた亜麻色の髪の乙女は、もうすっかり忘れてしまっていた。



でも音階くらいは覚えている。

俺だっていつも居眠りをしていたわけじゃない。鍵盤の上で軽やかに踊る彼女の指先を、すぐ傍で此の目に焼き付けていたのだから。






篤「ドド…ソソ…ララ、

あ、ちげー。ララ…ソ…」






そう。

此処に座る彼女を、いつも目に焼き付けていた。






ーーtrauervoll…



＜弾いてあげるのに＞

＜家に来ればいつでも弾いてあげるのに、篤人くんが眠るまで＞



ーーー






白黒の鍵盤に全ての生き様を刻んできたのは、彼女だけじゃない。






ーーtrauervoll…



＜俺のお気に入りのバラ1は、篠崎さんが弾くやつってこと＞



ーー






俺も同じだ。






篤「ファファ、ミミ、レレ、ド…」






白鍵を数えながらなんとか弾けたきらきら星。






ーーtrauervoll…



＜私は、きらきら星変奏曲聴かせてあげたいな＞



ーーー






此れは絶望の旋律なんかじゃない。

絶望と哀しみの先で奏でる、愛の旋律だ。






ーーtrauervoll…



＜…もう聴きたくない？＞

＜嫌いになったの？＞



ーー






A、知ってる？



貴女の音は今でも変わらず、

たくさんの人に幸福を運んでくれるって。






篤「あの…、

松原さんに一つ頼みたい事があるんですけど、」






受話器越しに聴こえた声は、歓喜の音色に溢れていた。






過去の悔いに思いを馳せるより、三人で歩む未来に希望を抱くとあの夜誓ったーー









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9/11

大変長らくお待たせ致しました。

http://uranai.nosv.org/u.php/novel/variation3/

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