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車窓にぽつぽつと雨粒が当たる音がする。
リハビリ施設からの見慣れた帰り道を濡らす其れが鳴らすのは、スタッカートに弾ける音色たち。
「なんだか最近雨が多いですね」
松「え、そう?昨日も一昨日も晴れてたじゃん」
雨の日は切れ間なく鳴る音が耳障りだから、晴れの日よりも深く記憶に残るのだろうか。
そういえば雨が降ったのはもう、一週間も前のことだったような気がする。
松「ていうか、久しぶりな気がするけど」
あれからもう一週間が過ぎたのか。
ーーtrauervoll…
<あのピアノ、引き取ってもらえる人いないか、松原さんに聞いてみようか>
ーー
彼が黙ったまま目を逸らした、あの日から。
松「はい、到着。明日からはちゃんと安静にしてるんだよ?」
手の届く場所に在るから触れたくなるのだ。
触れてしまうから未練がわくのだ。
私はもう人を哀しませる音楽しか奏でられないのに、何を躊躇っているというのだろうか。
「…あの、一つお願いしたい事があるんですが」
松「ん?」
これでいいのだ。 間違っていない。
あの日の彼の沈黙が、全てを肯定していたではないか。
「あのピアノ…私のピアノ、誰か引き取ってくれる人がいないか探してもらえませんか?」
松「…え?」
車窓にぽつぽつと雨粒が当たる音がする。
「私にはもう、必要ないから」
スタッカートの音色に重なる私の声は、何故だか弱々しく震えていた。
「出来れば音大を目指している子とか、プロを目指している子がいいな。毎日大切に磨いてくれて、毎日沢山弾いてほしい。私の代わりに」
どんな時でも白黒の鍵盤に、全ての生き様を刻んできた。
見えるもの、聞こえるもの、私の世界は全て音楽で成り立っているのだから、其れを取り込み、奏でずにはいられなかった。
其れはそう、人が呼吸をするのと同じように。
「あの部屋に置いておくだけなんて、もったいない。あの子はとても綺麗な音を鳴らすのに」
でもこれでいいのだ。 間違っていない。
ピアノがあるからこんなにも苦しい。
ピアノがあるから弾きたくなる。
ピアノがあるから彼にあんな顔をさせてしまう。
「ちゃん弾いてあげられないなんて、可哀想。
私にはもう、あの子に相応しい演奏をすることが出来ません」
彼が居る。この子が居る。
音楽なんて無くても、きっと私は幸せだ。
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ぶたさんなの。(プロフ) - 昨日、今日と2日間かけて一気読みしました笑とても素敵な作品で浮気疑惑のところはやられたーって思ったりピアノの話になるたび私も練習しないとと思わされます笑 この作品は私の中で大好きな作品の1つになりました。 (2015年7月31日 23時) (レス) id: fb6db84d89 (このIDを非表示/違反報告)
おりん(プロフ) - laizさん、返信ありがとうございました!!ヒロインと内田さんの楽しそうな笑い声が聞こえてきそうなシーン…嬉しいな〜!幸せそうな二人を見れて一安心…ここでスカルのベビー服!?内田さんもイカついの着てましたね!思い出して笑っちゃいましたよー(笑) (2015年6月16日 1時) (レス) id: 865a51165f (このIDを非表示/違反報告)
aquayu(プロフ) - 更新楽しみにしていました!希望の光が見えた瞬間、涙がとまらなくなったのは、私だけでしょうか?この作品、本当に本当に大好きです。 (2015年6月5日 22時) (レス) id: ff637bb026 (このIDを非表示/違反報告)
laiz(プロフ) - おりんさん» 絶望の涙で泣き明かした夜だけど、この先に光が待っていそうな涙ですよね。思いっきり泣いて、何かが浄化してくれたらいいな。ちょっと足踏みしていた二人の背中を、「しっかりしてよ」と押してくれたのかもしれませんね^^そうそう、先程メッセージを送信しましたよ〜♪ (2015年6月5日 21時) (レス) id: 4d225c15a4 (このIDを非表示/違反報告)
laiz(プロフ) - すみれさん» 「大好き」のお言葉、動揺していた心に染み渡りました^^ありがとうございました。少し迷っていましたが、ようやく希望の光がさしてきた二人の世界、これからも変わらず執筆を続けていこうと思います。二人の、いや、三人の明るい未来、見守ってあげて下さい^^ (2015年6月5日 21時) (レス) id: 4d225c15a4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:laiz | 作成日時:2015年2月7日 20時