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篤「すげー。ベビー服ってこんな種類あんだ」
彼は私を気遣ってくれているのだとわかる。
仕事で家を空けた次の日には必ず私の好物を土産に帰ってきたし、たまの休日にはあまり好きでないはずの買い物や映画に誘ってくれた。
篤「このマネキンとかさ、俺より洒落たカッコしてない?」
「うん 笑」
だからどんなに食欲がわかなくても無理矢理に食べた。億劫に思えても誘いに乗った。
篤「どうぞ、何時間でも見ていいっすよ。今日は覚悟してきましたから。
こういうのってさ、自分のより長引きそうでしょ」
コツコツと響くヒールの音はH
何処からか聞こえてきた笑い声はFis
小気味良いリズムを刻む雑踏に乗り、幾つも混ざった話し声が和音となって重なり合う。
街中は音楽に溢れていて、寒気がする。
私だけが音を奏でられないこんな世界で、読書をしたって意味がない。買い物に出掛けても意味がない。美味しいものを食べても意味がない。誰かに触れても意味がない。
欲も五感も全てを失くした私は、嬉しいとは何だったのか、哀しいとは何だったのか、そんな当たり前のことさえ思い出せないまま。
篤「これとか良くね?いっちょまえにスカルとかついてんの」
きっと、袖を通してあげられない。
ボタンも留めてあげられない。
篤「てか、赤ん坊にドクロってどうなの?」
母になるのに、何一つしてあげられない。
篤「ね?」
笑わなきゃ
そう思った時にはもう遅かった。
彼は其の表情を僅かに曇らせ、困ったように眉を下げる。
篤「……あんまいいのねーな。帰ろっか」
彼のこんな顔を見るのはもう何度目だろうか。
笑わなきゃ
そう思った時には、いつも遅くて。
そして彼は其の後必ず、何故だか罪悪感に苛まれたような顔をするのだ。
「…ごめん。ちょっと疲れちゃった」
悪いのは、私なのに。
「…ごめんなさい」
だから私は、いつも謝ることしか出来なかった。
彼は決まって、そんな私から目を逸らした。
篤「…行こ」
いつも左腕に添えていた右手はもう其の温もりへと伸ばすことが出来なくて、少し後ろを歩く私を気にかけながら、ゆっくり進んでゆく彼の背中についてゆくだけ。
また、襲ってくる恐怖を掻き消すように拳を握る
強く軋む程に握り締めたはずの右手は、今日もぴくりとも動いてくれぬまま力なく揺れていたーー
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ぶたさんなの。(プロフ) - 昨日、今日と2日間かけて一気読みしました笑とても素敵な作品で浮気疑惑のところはやられたーって思ったりピアノの話になるたび私も練習しないとと思わされます笑 この作品は私の中で大好きな作品の1つになりました。 (2015年7月31日 23時) (レス) id: fb6db84d89 (このIDを非表示/違反報告)
おりん(プロフ) - laizさん、返信ありがとうございました!!ヒロインと内田さんの楽しそうな笑い声が聞こえてきそうなシーン…嬉しいな〜!幸せそうな二人を見れて一安心…ここでスカルのベビー服!?内田さんもイカついの着てましたね!思い出して笑っちゃいましたよー(笑) (2015年6月16日 1時) (レス) id: 865a51165f (このIDを非表示/違反報告)
aquayu(プロフ) - 更新楽しみにしていました!希望の光が見えた瞬間、涙がとまらなくなったのは、私だけでしょうか?この作品、本当に本当に大好きです。 (2015年6月5日 22時) (レス) id: ff637bb026 (このIDを非表示/違反報告)
laiz(プロフ) - おりんさん» 絶望の涙で泣き明かした夜だけど、この先に光が待っていそうな涙ですよね。思いっきり泣いて、何かが浄化してくれたらいいな。ちょっと足踏みしていた二人の背中を、「しっかりしてよ」と押してくれたのかもしれませんね^^そうそう、先程メッセージを送信しましたよ〜♪ (2015年6月5日 21時) (レス) id: 4d225c15a4 (このIDを非表示/違反報告)
laiz(プロフ) - すみれさん» 「大好き」のお言葉、動揺していた心に染み渡りました^^ありがとうございました。少し迷っていましたが、ようやく希望の光がさしてきた二人の世界、これからも変わらず執筆を続けていこうと思います。二人の、いや、三人の明るい未来、見守ってあげて下さい^^ (2015年6月5日 21時) (レス) id: 4d225c15a4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:laiz | 作成日時:2015年2月7日 20時